『昭和の砦』
火曜日の朝。いつものように始まるはずのオフィス。
だが、今日に限って空気はピリついていた。
「本日10時、御社訪問予定:三峰産業・常務取締役 三枝克己様」
メールの通知に、坂田が即座に反応した。
「えっ……あの三枝さん!? マジか……」
佐川が小声で呟く。
「また来るのか……あの“昭和の化石”が……」
佐山も顔をしかめる。
「逆にですね、今日は会議室、空調効かせすぎず、湿度高めで正解ですね」
「お前、何言ってんの?」
坂田が吐き捨てるように言った。
『三枝 克己(みえだ・かつみ)登場』
三枝克己(66歳)――
三峰産業常務。昭和のバリバリ営業畑で育ち、未だに「気合」「根性」「女は茶くみ」思想が残る筋金入りの昭和おやじ。
スーツはダブル。髪は七三分け。
挨拶は大声、リアクションは手刀付き。
「おはようっっ!!! 今日も気合入れてるかっっ!?」
ドアを開けた瞬間のその一声で、社内の空気が一瞬にして緊張に包まれた。
「どこだ、佐山くん!坂田くんはおるか!佐川くんはまだ元気か!?」
全員が、立ち上がりぺこりとお辞儀をする。
「本日はようこそ……」
「うんうん、まずは挨拶より、目を見ろ、目をっ! 仕事ってのは“気”なんだよ、“気”!」
(……ああ、始まった……)
坂田は心の中で泣いていた。
『ミーヤ、ターゲットをロックオン』
一歩後ろから三枝の様子を眺めていたミーヤ。
(ふ〜ん……なるほど、典型的な“昭和の権化”ってわけね)
その視線は、既に計算していた。
服装を少し変えていた今日。
いつものミニスカートではなく、ややタイトなパンツスーツ。
だが、インナーはレースのカットソーで、ジャケットの隙間から肩がのぞく。
“バブリーなおじさんには、あえて上品エロで攻める”
それが今日の戦略だった。
『第一接触』
「……あら、三枝常務ですね? お初にお目にかかりますぅ〜♡」
ミーヤが声をかけ、深く一礼する。
その角度、角度、完璧。
深くお辞儀しながら、絶妙に胸元が緩むよう仕組まれていた。
「ん……? んんっ!? だ、誰だこの麗人は……」
「事務補助の御堂でございますぅ〜。今日の会議資料、私がご準備しました♡」
「ほ、ほぉ……事務? で? 若いのにしっかりしとるなぁ……感心感心!」
ミーヤはにっこり笑って、さらに一歩近づく。
「三枝さんって、ものすごく貫禄ありますよねぇ……男らしい方、大好きなんですぅ♡」
三枝の顔がピクリと動く。
「んんっ!? あっ、ああっ!? そ、そうかねっ!? フォフォフォフォ……」
(……釣れたわ♡)
『会議という名の演舞場』
会議室。
ミーヤは、あえて三枝の斜め前。
「三枝常務、ご覧くださいぃ〜。こちら、今期のレポートなんですけどぉ……」
椅子から身を乗り出す。
胸元のカットソーから、白いレースがふんわりと見える。
視線を感じながら、自然を装ってペンを口元に。
「ふむ……うん、ふむふむ……」
三枝は明らかに書類を読んでいない。
視線は9割、ミーヤに釘付け。
「このデータ、三枝さんのアドバイスを意識してまとめたんですぅ♡」
「んほおぉぉっ!? そ、そうかそうか……いやぁ〜、最近の若い子は違うなぁ!」
坂田が横でため息。
「完全にやられとる……」
佐川がつぶやく。
「……ミーヤちゃん、怖い……」
佐山は目を閉じて祈っていた。
「逆にですね……これは会議じゃない……天罰か何かです……」
『お茶出しと色仕掛け』
「お茶どうぞぉ〜♡ 熱すぎないようにしましたぁ♡」
ミーヤはわざとしゃがみ込む。
スラックス越しに、ヒップラインがくっきりと映し出される。
「おおお……お、おう……」
三枝は思わず咳き込んだ。
「うふふっ、何か熱くなっちゃいましたぁ?♡」
「こ、こっこれは……ま、参ったなぁ……」
『撤収と余韻』
「いや〜〜、今日は本当に勉強になった!これからもよろしく頼むよ!」
三枝はミーヤとだけ3回握手をして帰っていった。
ドアが閉まると、坂田が呟いた。
「……おっさん、最後まで“資料”見てなかったな」
佐川が続けた。
「いや、“谷間”しか見てなかっただろ……」
佐山は深いため息。
「逆にですね……あれは人災です」
『ミーヤの戦略ノート』
その夜、自宅。
ミーヤはノートを開き、今日の記録をつける。
「ターゲット:三枝克己 常務
タイプ:昭和強面おやじ/弱点:色気+敬語+上品さ
攻略度:★★★★★」
「やっぱり、男は“時代”じゃない。“本能”なのよねぇ〜♡」
彼女はスマホで佐山との未読LINEを見て、唇を舐めた。
「そろそろ……あのムッツリさんも、落としごろかもね♡」
