重ための内容。
密かにアメブロを日々読ませていただいている方がいます。
ステージ4の癌で、遠隔転移もあって、手術不可能な方です。
癌の中でも大人がなるのは珍しいタイプの癌で、非常にタチが悪く、3年生存率も著しく低い。
だけどもご本人の頑張りと、何種類かよく効く抗がん剤があったこともあり、診断されてからもう2年以上になられます。
それでもこれまで腫瘍の縮小効果まであったのに、徐々に大きくならない、現状維持効果しか見込めなくなって。
要するに、使える抗がん剤の種類が段々となくなってきたということですが。
それでも現状維持できているのなら、それは効果があるということなのだからと、そう思うことで気持ちはなんとか保っておられ。
だけども最近は現状維持すら見込めなくなってきており、そうなってしまうともう絶望感しかあられないわけで。
これまでさんざん、もしかしたら良くなるかもと思っていろいろ試してみたけれど、結局全てダメだった。
期待しては裏切られる、もう死ぬまでこんな思いを味わいたくない、ならばいっそ自殺してしまいたいと。
だけど夫も子どももいらっしゃる方なので、緩和ケアの先生からは、自殺は絶対に思い留まって欲しいと言われていて。
自殺をしてしまうと残された家族は一生自分を責めて生きていくことになってしまうからと。
…そりゃそうですよね、誰だってそう言うと思います。
その方だって緩和ケアの先生に相談したということは、ご自身の中に葛藤があるからだと思います。
そしてとてもお優しい方なのだと。
だって自分が死んだ後のことなんて、もう知らないから、勝手にやってくれって。
そうやって誰にも言わずに決行してしまおうと思えば、出来てしまうわけで。
こういう時、安楽死が出来る国だったらまた、心持ちも随分違ってくるだろうにと思い。
というか安楽死と自殺、究極的には何が違うのだろうかと。
自殺したいなんて言うと、ほとんどの人は恐らく止めようとします。
だけど、そこまで追い詰められた精神状態の方に、残された方が悲しむからという理由だけで引き止めるのも、何か違う気がして。
その方もおっしゃっていたけれど、私は夫や子どものために生きているのではない、自分のために生きているのだと。
自分の思いを、せめて死ぬ時くらいは優先したらいけないのか?と。
本当にリアルな心理状態が自分のことのように分かるような気がして、同じような辛い気持ちになったり。
だからって、じゃあ死んでいいよだなんて、とても言えない、誰も言えないと思う。
唯一言えることは、少なくとも死んだら私は悲しむと思うってことだけ。
本当に自殺って、非常にタブー視されているテーマな気がしますし、デリケートな話題だとも。
だけど実際、もう限界、死ぬしかないって追い込まれている方も世の中には沢山いらっしゃるわけで。
安楽死と同様、そういった方達にとっては、自殺が唯一の救いとなるのかもしれなくて。
だから単純に、しないで欲しいとも言えなくて。
結局何も言えないのでしょうね。
自分がもしこの方と同じ状況だとしたら、やはり恐らくスイスに行って安楽死したいと思うかもしれません。
ちなみに通訳同席も可能だそうです。
もちろん費用は余計にかかりはしますが。
もちろん、残された方のケアやフォローも、出来る範囲でした上でですが。
てか自分の場合は多分死んでも誰も泣かない(良いんだか悪いんだか)ので、そんな心配は無用かもですが。
その方は友達も沢山いらっしゃって、思春期のお子さんがいて、複雑ながらも良好な家族関係もあって。
だからこそ余計に、死への葛藤が強いのだと思います。
元々はいろいろと自分と共通する部分があるからと読み始めることになった、その方のブログ。
これからも見守り続けていきたいと思います。
そしてたとえどんな選択をされたとしても。
その方の意思を尊重したいと思っています。