看護師達が 
まだ少し興奮しているカオルを
ベッドの上に寝かせ終えると

「ちょっと一服してくる

そう言うと

父親のショウジはそそくさと
病室を出た

「パパー、タバコ減らしてねー、、
 
後ろからカオルの声が追いかけてくる





8階からエレベーターを使わずに

階段を少し急ぎながら

それでも
病院の狭い階段なので

すれ違う患者や医師、看護師達に

ぶつからないように


注意を払いながら

まるで忍者の動きのように
壁を背でなぞるようにして降りて行った

我ながらおかしな事をしていると思ったが
エレベーターを使わなかったのは

気を緩ませてしまうと

きっと溢れてくるに違いない涙を
見られるのがイヤだったのだ

誰にも、たとえそれが

どこの誰だかわからない他人であっても

見られたくなかったからだ、、

階段を使ったのが正解だと思ったのは
案の定、3階あたりから

涙が出てきてしまった時だった

ハンカチなんて持っていないショウジが
涙を手で拭っても

すれ違う誰一人として

気にするものはいなかった

いや、
おそらく身内にでも不幸があったと思い、
見て見ぬ振りをしているのかもしれない

それとも

自分のことで頭がいっぱいなのか、、

どちらにしても

ショウジには
都合が良かった


一気に降りて
外にある喫煙所までいくと

運良くだれもいない、、

暗くなった空には丸い月が見える、、

ふと、カオルの言葉を思い出す

「イヤホンが片耳しか聞こえないので
 いつか買ってきて、、

ショウジが時計を見ると

まだ夜の6時前だった
今から買いにいけば

面会時間の終わる8時までには
戻って来れる

そう考えて
ショウジは取り出したいっぽんのタバコを

力ずくでパッケージの中に戻した

先ほどの
初めて立った姿のカオルを見た興奮が
まだ残っているのか

それともイヤホンをすぐに届けその時の
カオルの喜ぶ顔を想像して
嬉しくなるせいなのかわからないが

タバコはぐにゃりと折れ曲がって入った


いまのショウジにとっては
そんなことはどうでもよかった

久しぶりに感じる
魂の震えが
きっと手加減を誤らせたのだろう、、


タクシーを捕まえて
10分ほどのところにある
大型家電の店へ駆け込むと

ショウジは言葉を失った、、

まさか
こんなに多くの種類があるとは思わず

好みの色すら聞かずに来たことを後悔した

店員を呼び止め

病室で音楽やユーチューブを聴くのは

どれがいいのかを聞くと

その店員は

機能や価格を含めてとても丁寧に
教えてくれた

しかも

箱を開けなければ

レシートと一緒に持参して
代替可能らしい

早くカオルを喜ばせたくて
迷っている時間が惜しい為

3点勧められた中のうち
一番高いのを選んで

それを手に取ると
大急ぎで会計をしてタクシーを拾い

病室に戻った



カオルはまだ眠っていて
横にリハビリ担当の女性、田中さんが

立ったまま何やらシートに書き込んでいる


「カオルさん、頑張ってましたねー

「ありがとうございます
 みなさんのおかげです、、

 まさか
 こんな日がくるとは思わなかったので
 驚きました、、

 本当にありがどうございます、、

「ふふっ、本人の努力の賜物ですよ、、
 わたし達こそ
 ありがとうございますなんです、、

「?、、

「普通は、歩けないと言われてしまうと
 なかなか、、なんですが、

 実はカオルさんは
 お父様には言わないでほしいと
 言ってましたが

『歩けなくても立つだけでも』と言って
 頑として譲らなかったんです、

毎日毎日毎日、、

なかなかできることではないんですよ、、

わたし達はたくさんのこのような方々を
みてきましたが

みなさん、すべてのみなさんが
本当にどこにそんな力が
残っているのかと思うほど、
それこそ120%以上
がんばる方々ばかりなんです

なんの保証もないのに
当たり前のように、、

結果は一概に言えませんが
わたし達は毎日驚きや
感動をもらっているんです、、

カオルさんの場合は
ご存知の通り、医学的に
説明がつかないのです

なぜ立てたのか、、

「、、あいつは亡くなった妻に似て
 人に見せないけど頑張り屋なんで、、

「そうなんですね、、

 でも頑張りだけでは
 説明がつかないんですよ、
 カオルさんのケースは、、

 ふふっ、お父様は
 なんでカオルさんが
 せめて立ちたいと言っていたか
 ご存知ですか?、、

「いや、、?、、

「、、お父様のお食事を
 作りたい為だそうですよ、、

 以前、カオルさんの失敗した肉じゃがを
 亡くなったお母様の味に
 似ていると言って褒められたので

 お父さんを手っ取り早く喜ばせるには
 テストでいい点数取るよりも
 食事を作れば楽勝って
 笑ってました、、

 これ、内緒にしておいてくださいね、、

 あとこれは新しいリハビリの計画表です、

 以前のものは
 立ち上がれないのを前提とした内容
 でしたが、変更になります、、

 まだ大雑把ですが
 こうなったら
 わたしも負けていませんから!

 今はカオルさんに
 抜かされてしまいましたが
 早く追いついて
 指導できるようにしないと
 クビになっちゃいますから、ふふふっ、、

 それでは失礼します、、





 ショウジはイヤホンをベッドわきの
 机の上にそっと置いた

 カオルが
 気持ちよさそうに眠っているのを見て
 病室を出ると
 エレベーターで1階の喫煙所に向かった

 あのぐにゃりとしたタバコですら
 いまは愛おしく味わえそうだ

 一人だけ若い男の子がいたが
 ショウジと入れ違いに出ていった

 誰もいないベンチに座って
 空を見上げてポケットから
 タバコのパッケージを取り出す

 夜空に薄く雲はあるものの
 相変わらず先ほどの月が見える

 位置が少しだけ違うのは、、!、、

 突然、
 ショウジの眼から涙が溢れ出てきた

 





中学生のカオルが
まだ交通事故に遭わないでいた頃、、


「パパ、白道(はくどう)って知ってる?

「なんだそれ?、、
 知らないなあ、、
 レッドカーペットの逆か?

「逆ってなにー、アハハハッ、、

「面白くない映画の祭典とか、、

「ちがうよ、、ふふっ、、
 
 白道って、
 天球上における
 月の見かけの通り道のことなんだって、、

「通り道?
 見えないよなあ、そんなの、、

「ねっ、なんか素敵じゃない?  
 その道自体は見えないけど
 月が動いていくことで
 その道が分かるって、、

「まあ、そうだな、、
 カオルが言うならそうだろ、、

「なにそれー、アハハハ、、
 







カオルは
白道のようにわたしに見せてくれたのだ

歯を食いしばりながら
きっと不安で負けそうになりながら
誰にも弱音を漏らさずに
叶うとは
一度も言ってもらえなかった筈だ

それでも努力し続けていたのだ、、

そして
そのことを見せてくれたのだ、、

月は進んでも大きくなるわけでもない

カオルは努力をしても以前よりも
早く走ることはない、、






ショウジはタバコを箱ごと握り潰すと
横にあるゴミ箱へ投げ入れた

俺は何をやっているんだ、、
完全にカオルに
置いて行かれているじゃないか、、

まだ少し面会時間がある
だがきっと見逃してくれるだろう

いつもなんだかんだと
看護師達は
わたしが病室に残りやすいように
してくれる、、

今日はどんなことがあっても
カオルが目を覚ましてから
帰りたかった











最後までお読みいただき
ありがとうございます

ペコリ、おじぎです

どなたかの暇つぶしになりますように、、