汎用(はんよう)は、何でも使えて役に立つ
ポジティブな印象を相手に与える
凡庸(ぼんよう)は、平凡であることや
とりえのないことを意味して
ネガティブな印象を相手に与える
⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘
1、
恐れていた夏はすぐにやってきた
都会と違って青い空は美し過ぎる分
夜となると
まるでそれを取り戻すかのように
冷たかった
「遠いはずの近くに見える」星々は
手を伸ばせば触れられるのでは、と
僕に錯覚をさせては
ほくそ笑んでいる
「いいさ、いいさ、なんとでも、、
僕はドラマの主人公のような気分になる
実際そうでもなきゃ、
こんなことやってられない
重い足取りで
ミヨコの別荘の裏手に回ると
車庫を開けて
立てかけてあるスコップを手に取る
まるで自分という者は
消えてしまったのではないかと思う感覚で
目的の場所まで無機質に歩いた
黒い森は
そんな僕が
再び近づくのを
避けるかのようにしているものの
結局は傍観者にしかすぎず
なんの意味もなさなかった
心の中で森に向かって
「ふん、ざまあみろ、、
と、呟きにも似た気持ちを抱き
そのまま歩き続ける
懐中電灯の明かりだけでは
心許ないものの、一方では
その明るさすらも煩わしく
できれば一刻も早く部屋に戻って
布団をかぶって寝てしまいたい
2、
たったの5分もかからずに
山の斜面に植っているその木の前まで
僕はまるで何かに
引き寄せられるようにして
全く迷うことなく、おどおどとせず
一直線に向かう
焦点を合わせるようにして
懐中電灯を地面に置くと
暗闇の中を
一筋のぼやけた黄色い灯りだけが
指差すようにして
その木の根元を僕に知らせ続けるので
仕方なく僕は掘り始めた
スコップで掘り続ける音は
そこら中に響いてるようで
それでもたぶんこの森は
その音を隠してくれているに違いない
涼しい別荘地にもかかわらず
当たり前のように汗が吹き出し
やがてそれは
僕の身体中を流れ始めた
早く終わらせたいと思う焦りなのか
掘る場所を間違えたのかも知れない
という焦りなのか
何かおかしいと思う気持ちが
芽生えてくると
スコップ捌きがうまくいかなくなる
僕が埋めた場所なのに
確かにこの場所なのに
チョビ吉の姿はなかった
3、
「凡庸」を絵に描いたような人生を
送ってきた僕だったが
会社を辞めても
程々の生活をしながら
新しい職探しをする事ができたのは
10も歳上のミヨコのおかげで
そのミヨコがこの春、
「3ヶ月アメリカ研修!
やったー!
すごくない?
「すげーじゃん!
アメリカのどこ?
「シカゴ!
あー、勉強しなきゃー、
不安だー、、
「エッ?不安なんてあんの?
「んー、少しシンパイ、、
「よくゆーよー!
アメリカ育ちだろーが!
えっ、ホントに心配?
「アハハハッ、、ぜーんぜん!
でさー、
夏には帰国だからそれまで
汎用ボーイにお願いがあるんだけど、、
(ミヨコはしばしば二人きりでいて
僕にお願い事をする時に、
汎用を僕の褒め言葉として使っていた
最初抵抗はあったものの、そのうち
ミヨコが仕事以外は
ことごとく不器用な事がわかると
僕は素直にその言葉を受け入れている)
「げっ!
チョビだろー?
「えー、なんでわかんのぉ?
「他に何があんだよ、、
「ないね、アーハッハッハ、、
4、
僕のアパートはペット禁止だから
ミヨコのマンションに通いながら
愛猫チョビ吉の世話をするか
いっそこのマンションで生活をしながら
僕のアパートには
時折風通しに行くか、
どちらでも構わないからと言われた
週末は今まで通り
チョビ吉はペットホテルに預けて
別荘で過ごして構わないと
結局ミヨコは
マンションやら車やら別荘やらの鍵を
僕に託すと
次の週にはサッサと飛び立って行った
最初のうちは
僕もミヨコも電話やメールのやり取りを
していたが
よほど忙しいのか、
そのうち返信は翌日以降に持ち越し始め
それでも僕はチョビ吉の写真だけは
送っていたのだが
既読がつくのがとても遅かった
1ヶ月もしないうちに
連絡が何日も途絶えるようになったが
すぐそこまで来ている夏には
帰国するわけだから、、
僕はミヨコの好意に甘えて
のんびりと就活という名のもと
パチンコをしながら過ごしていた
5、
とある週末、ふと思い立ち
僕はチョビ吉を連れて
ミヨコの別荘に行き
暫くはそこでのんびりしようと決めた
東京は既に暑い日が続き、
どうせ就活だってそんなすぐには
変化が起きないのだから、、
ミヨコの別荘に着くとすぐに
チョビ吉のトイレやゴハンを用意して
ケージからリビングに出そうとした
ところが
チョビ吉はぐったりと寝たままで起きない
よく見ると口のまわりには
何かを吐いた跡があり
触ると身体はいつもよりも
薄い温かさしかなかった
焦った僕は
なんでそんなことをしたのか
今でもわからないのだが
チョビ吉を抱えて
ボツボツと大つぶの雨が降り始めた中
裏の斜面まで行くと
穴を掘って埋めてしまった
そして
別荘に来た道を逆に
豪雨の中を慌てて東京に戻り
自分のアパートでミヨコの帰りを
待つしかなかった
6、
「なんで言わなかったのよー!
何やってんのよー、
何なの、一体、、
怒り狂うミヨコと共に
別荘へ向かいながら
僕は嘘をついた
「眼を離した隙に、、
換気の為開けたままの窓から、、
、、たぶん逃げてしまって姿が消えて、、
とてもじゃないが事実は言えなかった
だが実際、きのうの夜
木の根元を掘っても
確かにあの場所に埋めたはずなのに
チョビ吉の姿はなかったのだ
まるで自分を騙すようにして
サラサラと嘘の言葉は
僕の唇からこぼれ落ちていく
たぶんこれでミヨコとも終わる、、
ミヨコはこれから
この悲しみを抱えながら生きていくのだ
僕は真底申し訳なく思った
パチンコ三昧なんかしていたからだ
だらしない生活をしていたからだ
だから
あんな馬鹿なことをしてしまったのだ、、
僕には探しても無駄だと分かっていても
ミヨコは僕の話を信じて
別荘に着くや否や
ちょび吉を探し始めた
その日のうちに
3件もの猫探し探偵に電話をして
翌日からはまるで
彼らを競わせるようにして
探させている
僕は仕方なく探すフリをしながら
買い出しに出たりするしかなかった
ミヨコはあれから
ロクに口もきいてくれない
7、
三日目の昼過ぎ、
結構遠くにある店まで車で買い出しに行き
戻ってくると、
なにやら騒がしく
笑い声さえ漏れてきている
不審に思いながらも
両手に買い物袋を抱え入っていくと
リビングにはたくさんの人がいて
その中央のソファーに
ミヨコが誇らしげに座っていた
ミヨコの足下にはチョビ吉がいて
僕と眼が合うと
ひと声だけないて
僕の足下にやってきて身体をすり寄せてくる
何がなんだかわからないまま、
卵も入っている買い物袋を
文字通り放り投げると
夢見るような気持ちでチョビ吉を
撫でるしかなかった
8、
猫探偵のうちの一人が教えてくれた
裏の斜面を
かなり下った所に畑があり
豪雨の中、
その畑の持ち主が様子を見に行くと
どうやらその雨で斜面の一部が
崩れて流れ込んでいたらしい
そこには
泥まみれの猫が一匹横たわっていて
弱々しく泣いていたので
連れて帰ったとのこと、、
僕はチョビ吉がまとわりつくのを
あやしながら、
ミヨコの淹れてくれたコーヒーを
少しだけ涙ぐみながら飲み始めた
9、
駅からの道は冬になると容赦なく寒い
その寒さと戦いながら帰宅をすると
きのうの鍋の残りを冷蔵庫から出して
火にかけた
ミヨコとチョビ吉のいないこの部屋は
寒々として泣きたくなる
僕が二人の距離を置きたいと話すと
ミヨコはキョトンとして、すぐに
チョビ吉を探す時に怒り狂って
わめいたことを詫びた
違うんだ、ちがうんだよ、、
いくら僕が否定してもミヨコには
訳がわからないようで、
全く戸惑いを隠さなかった
そりゃそうだろうと思ったが
それでもぼくは真実を言えなかった
そしてもちろん、
チョビ吉と眼が会うたびに
なんだかその眼が
「ぼくのこと、つちのなかにうめたよね、、
まるで
そう言っているように見えてしまうことも、、