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猫と 散歩と 少しのパンさえあれば


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わたしは 生きていける。








まだ、
二月が終わる頃にもかかわらず、
その日は春めいた陽気だった。



朝から美容院で髪をセットしてもらい、
ベージュのスーツに
淡いオレンジのコサージュで
胸元を飾る。

この日のために買った
ヒールの高い靴で
危うげに歩くわたしを見て、
彼はクスクスと笑っている。

見慣れている彼の笑顔が
きょうはなぜだか
頼もしく思える。

彼の笑顔で
嬉しさが込み上げてくると、
わたしは世界一の幸せ者かもしれないと
素直に思った。

この時点でわたしの心は
ジェットコースターのてっぺん、
一番高いところにいる状態
だったのだと思う。











椿の色がやけに浮き上がって見える庭は
几帳面で、ほころびのない空間のようだ。

その庭に沿った
長い廊下を無言で歩きながら、

どこからともなく
ミスを許さないような空気が
流れてくると、

わたしは
息が詰まるように感じてしまい
少し顔をしかめる。

広いだけの地味な和室に通されると
静かに会話が始まった。









初めて履く高いヒール、
初めての日本料理店、
そして
初めてお会いする彼のご両親、

何もかも初めてのことばかりで
その時のわたしは
笑顔を絶やさないようにするだけで
精一杯だった。

そのうち
脚の痺れも手伝って、
会話に入るというよりも
会話に集中することさえも
難しくなっていった。

気がつくと
彼の学生時代の思い出話になっていたが
それを聞くのは
昔の彼を想像できて楽しくもあった。

もっぱら
彼とお母様だけが話をしていて、
お父様はニコニコしながら
相槌を打つことが多く、
お父様の姿が彼とダブって見える。

彼のお母様がおかしそうに、

「トモヒコさんは夏休みになると
 よくお友達と、遠くの県まで
 自転車で冒険に行ってたでしょう、、」

「あぁ、よく行ったなぁ、、」

「汚れなのか日焼けなのか
 みなさん、お顔もお洋服も
 真っ黒になって帰ってきて、、」

「アハハハ、、そうだったね、、」

「毎年いきなり帰ってくるので
 その度に驚いてしまってね、、」
 
「最初の頃はまだ、
 携帯を持たせてもらえなかった
 頃だからね、、」

「ある日突然、玄関先に
 真っ黒な人たちが現れるから、、
 オホホ、、」

「アハハ、、」

「それからがお洗濯ですとか
 宿題のお手伝いで
 大変でしたのよ、、オホホ、、、」

「アハハハ、、
 八月の最後は疲れと宿題で
 文字通り地獄のような思い出しか
 ないよ、、」

「みなさん、お元気かしら?、、」

「あいつらとは、なかなか
 連絡を取れなくなっているけど、
 たしか
 遠藤はイギリスへ移住した筈だね、、」

「あら、そうなの?、、」

「懐かしいなぁ、、」

「トモヒコさんはヨーロッパが
 お好きだから
 ユキコさんと一緒に
 イギリスへ行かれたら?、、」

「うん、、」

「あちらで、お会いすることも
 できるでしょう?、、」

「新婚旅行なら今のところ
 南の島へ行くつもりでいるので、、」

「まぁ、、南の島、、」

「彼女も旅行が好きなので
 いろんな所へ行けたらいいねって
 話してるんだ、、」

「そう、、
 ヨーロッパではないのね、、そぅ、、」

「まあ、まだ具体的には
 決まってないことばかりだけど、、」

「それにしても、また行きたいわね、
 ヨーロッパには、、」

「僕もベルサイユ宮殿には
 もう一度行きたいと思ってるんだ、、」

「素敵だったわねぇ、、
 今思い出しても
 ため息が出てしまうわ、、」

「以前行った時は
 鏡の間が修復工事か何かで
 見れなかったから、、」

「そうね、、
 トモヒコさんが
 まだ高校生だったかしら?、、」

「うん、確か、、
 高一の夏休みに入ってすぐ
 だったけど、、」

「そうね、、
 夏休みに入ってすぐでしたね、、」

「そのせいか
 観光客がえらく多かったのは
 覚えてるよ、、」

「現地の方はみなさん、バカンスで
 いらっしゃらなかったのよね、、」

「ホテルに帰る途中にあった
 あのパン屋のフランスパンは
 見事な味だったな、、」

珍しくお父様が懐かしそうに話すと、

「ハハハッ、、
 お父さんは事あるごとに
 それを言いますね、、」

「そうかな、、」

「実は僕もあの味は
 忘れられなくてね、、」

「ユキコさんにも
 ぜひ、
 召し上がっていただきたいわね、、」

「えっ?、、」

「フランスに行って
 出来立てのフランスパンをね、、」

「あっ、ありがとうございます、、」

「ユキコさんは
 フランス料理はお好きなのかしら?、、」

「えっ?
 あっ、はい、、
 あの、特に何がということはなく
 なんでも好きです、、」

「そう、それはいいことね、、」



つづく