さて・多治見、四日市、石山、を仕事や展覧会観賞をこなしながらめぐる旅は面白い流れになった。
元々、9月には岐阜の陶芸美術館から作品破損の補修を頼まれていたのだが、台湾の作品設置が終わるまでなんとなく気持ちが落ち着かなくて延び延びにしていた。
なにかついでがある時にいけばいいか、と。
台湾から帰ってきて、大好きな同業者 稲崎栄利子ちゃんの個展が四日市の画廊で開かれるのを知る。
この作家、あまりに手が込んだ作品で1つ作るのに何ヵ月もかかり、寡作だが素晴らしい、人間が作ったと思えないような物を作る。
作品のクオリティ、制作の姿勢が非常に高く、「稲崎栄利子がいるから、私も頑張れる」という私にとっては護符みたいな人なのだ。
私には万難を廃して見るべき作家なので、最初の個展こそ見逃したが、あとは東京で2回、四日市で1回、なぜか見に行けているのだ。
今回だって逃すものか!(笑)
と・いうことで多治見から無理矢理四日市を回ることにして、さらに石山に一泊して「国宝四体揃い踏み」と大評判の滋賀県MIHOミュージアムの「大土偶展」まで足を伸ばす旅程を立てた。
多治見の補修は作品の先っぽの欠けと昔の急遽の修理跡のやり直しなど数ヶ所で、小一時間で終わる。
作業終了してから楽しみにしていた美術館の展示、「魅惑のマイセン人形」展を見る。
うまく副館長によるギャラリートークに間に合って、説明を聞きながら一度、解説なしでまたゆっくり舐めるように見て回る。
この展示は大阪の小早川さんというマイセン磁器の大コレクターがこのたび全コレクションを美術館に寄贈してくれてのお披露目。
150㎝の高さの巨大ポプリ壺とか、よくも個人のコレクターが集めたものだ。
マイセンなんて今までテラテラでつまらないと思っていたんだけど、送られてきたチラシに載っていた作品がとても品が良いから楽しみにして来たが、期待以上の充実した展覧会だ。
細部まで妥協のないクオリティはたくさんの職人が一斉に制作にあたったから実現したのだが、このクオリティが過去に存在しているなら、現代の人間はそれを越えなければならない。
ああ、難儀なことだ。
解説を聞きながら観ると、テーブルセンターピースなる高い足の過剰な装飾のついた鉢が、当時貴重で高価だったレモンを盛るものだった、とか
手のひらサイズのマイセン人形は貴族のデザートに添える彩りとして始まった、とか
マイセンの歴史や豆知識を得られて嬉しい。
展示の最後の部屋では、1人の貴族がマイセンに特注したテーブルウエア一式が晩餐そのままに一堂に飾られて圧巻。
しかし私の心に一番食い込んだのは「パゴダ」と題された、頭と突き出した舌と両手がグラグラ動く細工がされた布袋さんの様に太った支那人の男女の像。
グロテスクなのに完璧に品が良い。
さらに、マイセンを真似たイギリスの窯の手になる大振りの写実的な花々の装飾がやりすぎで破綻した意匠のボプリ壺。
イギリス人は植物に関しては他のヨーロピアンからやはり頭ひとつ抜けていて、その品の良い花でうっかりやり過ぎて変なテイストが出ている。
余りに熱心に見たら、四日市に移動する時間がギリギリになってしまって、四日市の画廊さんや稲崎さんと連絡を取り合って四日市駅で合流。
展示を見るのは次の日にして、稲崎さんカップルや御友人と画廊さんと高級感あふれる和食で呑ませていただく。
楽しく酔って、バタンと寝て、あくる朝「旅ラン」を楽しんだのは前に書いた通り。
元々、9月には岐阜の陶芸美術館から作品破損の補修を頼まれていたのだが、台湾の作品設置が終わるまでなんとなく気持ちが落ち着かなくて延び延びにしていた。
なにかついでがある時にいけばいいか、と。
台湾から帰ってきて、大好きな同業者 稲崎栄利子ちゃんの個展が四日市の画廊で開かれるのを知る。
この作家、あまりに手が込んだ作品で1つ作るのに何ヵ月もかかり、寡作だが素晴らしい、人間が作ったと思えないような物を作る。
作品のクオリティ、制作の姿勢が非常に高く、「稲崎栄利子がいるから、私も頑張れる」という私にとっては護符みたいな人なのだ。
私には万難を廃して見るべき作家なので、最初の個展こそ見逃したが、あとは東京で2回、四日市で1回、なぜか見に行けているのだ。
今回だって逃すものか!(笑)
と・いうことで多治見から無理矢理四日市を回ることにして、さらに石山に一泊して「国宝四体揃い踏み」と大評判の滋賀県MIHOミュージアムの「大土偶展」まで足を伸ばす旅程を立てた。
多治見の補修は作品の先っぽの欠けと昔の急遽の修理跡のやり直しなど数ヶ所で、小一時間で終わる。
作業終了してから楽しみにしていた美術館の展示、「魅惑のマイセン人形」展を見る。
うまく副館長によるギャラリートークに間に合って、説明を聞きながら一度、解説なしでまたゆっくり舐めるように見て回る。
この展示は大阪の小早川さんというマイセン磁器の大コレクターがこのたび全コレクションを美術館に寄贈してくれてのお披露目。
150㎝の高さの巨大ポプリ壺とか、よくも個人のコレクターが集めたものだ。
マイセンなんて今までテラテラでつまらないと思っていたんだけど、送られてきたチラシに載っていた作品がとても品が良いから楽しみにして来たが、期待以上の充実した展覧会だ。
細部まで妥協のないクオリティはたくさんの職人が一斉に制作にあたったから実現したのだが、このクオリティが過去に存在しているなら、現代の人間はそれを越えなければならない。
ああ、難儀なことだ。
解説を聞きながら観ると、テーブルセンターピースなる高い足の過剰な装飾のついた鉢が、当時貴重で高価だったレモンを盛るものだった、とか
手のひらサイズのマイセン人形は貴族のデザートに添える彩りとして始まった、とか
マイセンの歴史や豆知識を得られて嬉しい。
展示の最後の部屋では、1人の貴族がマイセンに特注したテーブルウエア一式が晩餐そのままに一堂に飾られて圧巻。
しかし私の心に一番食い込んだのは「パゴダ」と題された、頭と突き出した舌と両手がグラグラ動く細工がされた布袋さんの様に太った支那人の男女の像。
グロテスクなのに完璧に品が良い。
さらに、マイセンを真似たイギリスの窯の手になる大振りの写実的な花々の装飾がやりすぎで破綻した意匠のボプリ壺。
イギリス人は植物に関しては他のヨーロピアンからやはり頭ひとつ抜けていて、その品の良い花でうっかりやり過ぎて変なテイストが出ている。
余りに熱心に見たら、四日市に移動する時間がギリギリになってしまって、四日市の画廊さんや稲崎さんと連絡を取り合って四日市駅で合流。
展示を見るのは次の日にして、稲崎さんカップルや御友人と画廊さんと高級感あふれる和食で呑ませていただく。
楽しく酔って、バタンと寝て、あくる朝「旅ラン」を楽しんだのは前に書いた通り。