あまりにも楽しくない夢を見てしまったのでシェアしたいと(おいおい)思います。
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詳細はあまり覚えていないが、母が高血圧かなにかでちょっと危なくなって、病院に入院する。
一命も取り留めて、今後注意は必要でも山は越えた、というような状態。
病院のロビーで姉にひどく怒られる。
私が母が倒れるときに出先から母だけを一人で返して自分は人と会っていたとかなんとか、糾弾される。
私としては母を思いやって先に帰したのだが、そういう風には思われていないらしい。
「いつも自分勝手で自分だけ良ければいいという態度で他人のことなんか全然考えていない」と断言されて、とても傷ついたし心外で、物を投げあったり姉の口元をつねりあげたり、酷い喧嘩になってしまう。
それを離れたところからじーっとみていた妹に、喧嘩が収まってから言われる。
「やっぱりずっと見ていて、K ちゃん(私)は自分のことだけしか考えていないし、自分をいい風に飾って話す。そういう人なんだな、ってずっと思っていた」。
これには聞いてさらにショックを受けてしまった。
妹は家族の中では私に一番メンタリティが似ていて、表面は似ていないけれど理解しあっていると思っていたから。
「そんな風に思っているんだったら、もう一緒にいられない、私はいなくなる。」
と宣言すると、姉に
「そんなこと言ってもどうせ2・3日したらのこのこ帰ってくるんでしょ」
と冷笑される。
「そんなことにはならない、今度は確実に、迷惑をかけないように死んでしまうから」。
心ならずも自殺することになってしまう。
全く消えていなくなったら母が心配するだろうから、時々どこかで展覧会をやっていたよ、などと適当に嘘をついておいて欲しいと言って、姉・妹と別れる。
どこでどうやって死のうか考えながら電車に乗っている。
すぐに発見されるような場所ではいけない、遠くへ行かなくては。
どうせ死ぬなら豪遊しちゃおうかな♪
どうやって死のう?遺書は書くのだろうか?・・・・・・・
死ぬときに何を考えるのだろう、と思った時に
「神様、私は自分ではこれでいいと思って生きてきました。
心ならずも自殺なんかすることになってしまいましたが、またこの世に生まれてこれますように。
そしてできたらこの私として、また人生が始められますように、切にお願いいたします!」
と言っている自分を思い浮かべる。
あれ、私は本当は全然死にたくないんだな。
どこか宗教施設の奥の方とか、闇世界とかに潜り込んでなんとか生きていく方法があるんじゃないか、と・どこか郊外へ一直線に進む電車-また中央線くさいんだよな、これが-に乗りながら考えている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
姉も妹もとてもリアルで、目が覚めてもしばらく夢だか本当だかよくわからないような状態だった。
怖い夢を見たら、しばらくはその怖さを引きずっていても「ああ、よかった、あれは夢だったんだ。よかった、夢から覚めて」と安心するのだが、今日はあまりにもリアルで嫌な気分になる夢だったのでずいぶん引きずった。
話が前後するが私は今台湾の美術プログラムに参加していて、一昨日現地入りしてすっかり馴染み、昨夜も何の問題もなく楽しくやれそう、とワクワクと充実して床に就いたのだ。
なんでこんな嫌な気分で目覚めなきゃならんのだ??
この夢のキーワードは「自分勝手」「自分だけ良ければいい」、そんな自分を実は自分は否定していない、そして「電車」だ。
バシャール・本田健の「未来はえらべる!」を読んだ人にしか通じないだろうがこの「電車」というのが実に象徴的なんだ。
穿って考えると、私の最後のネガティブ意識が親きょうだいを総出演させて古い意識に何とか私をとどまらせようと企んだ夢なのではないか。
なんにしてもこれは「夢」で、どんな嫌な夢でも夢からさめれば実体はない。
嫌な気分を起きてからいつまでも引きずっている必要はない。
・・・・・・・たぶんこれは「夢」の話だが、たとえ「現実」だってそれは同じことだろう。
嫌なシチュエーションを見せられたって、そのまま嫌な気持ちでいる必要はない。
そこまで考えたけど、やっぱり心が疲れているのは感じたので、起きてすぐにあったかくて甘い胡麻とクルミのお茶を飲んで、心を落ち着けるためにこれを書きました。(^_^;)
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詳細はあまり覚えていないが、母が高血圧かなにかでちょっと危なくなって、病院に入院する。
一命も取り留めて、今後注意は必要でも山は越えた、というような状態。
病院のロビーで姉にひどく怒られる。
私が母が倒れるときに出先から母だけを一人で返して自分は人と会っていたとかなんとか、糾弾される。
私としては母を思いやって先に帰したのだが、そういう風には思われていないらしい。
「いつも自分勝手で自分だけ良ければいいという態度で他人のことなんか全然考えていない」と断言されて、とても傷ついたし心外で、物を投げあったり姉の口元をつねりあげたり、酷い喧嘩になってしまう。
それを離れたところからじーっとみていた妹に、喧嘩が収まってから言われる。
「やっぱりずっと見ていて、K ちゃん(私)は自分のことだけしか考えていないし、自分をいい風に飾って話す。そういう人なんだな、ってずっと思っていた」。
これには聞いてさらにショックを受けてしまった。
妹は家族の中では私に一番メンタリティが似ていて、表面は似ていないけれど理解しあっていると思っていたから。
「そんな風に思っているんだったら、もう一緒にいられない、私はいなくなる。」
と宣言すると、姉に
「そんなこと言ってもどうせ2・3日したらのこのこ帰ってくるんでしょ」
と冷笑される。
「そんなことにはならない、今度は確実に、迷惑をかけないように死んでしまうから」。
心ならずも自殺することになってしまう。
全く消えていなくなったら母が心配するだろうから、時々どこかで展覧会をやっていたよ、などと適当に嘘をついておいて欲しいと言って、姉・妹と別れる。
どこでどうやって死のうか考えながら電車に乗っている。
すぐに発見されるような場所ではいけない、遠くへ行かなくては。
どうせ死ぬなら豪遊しちゃおうかな♪
どうやって死のう?遺書は書くのだろうか?・・・・・・・
死ぬときに何を考えるのだろう、と思った時に
「神様、私は自分ではこれでいいと思って生きてきました。
心ならずも自殺なんかすることになってしまいましたが、またこの世に生まれてこれますように。
そしてできたらこの私として、また人生が始められますように、切にお願いいたします!」
と言っている自分を思い浮かべる。
あれ、私は本当は全然死にたくないんだな。
どこか宗教施設の奥の方とか、闇世界とかに潜り込んでなんとか生きていく方法があるんじゃないか、と・どこか郊外へ一直線に進む電車-また中央線くさいんだよな、これが-に乗りながら考えている。
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姉も妹もとてもリアルで、目が覚めてもしばらく夢だか本当だかよくわからないような状態だった。
怖い夢を見たら、しばらくはその怖さを引きずっていても「ああ、よかった、あれは夢だったんだ。よかった、夢から覚めて」と安心するのだが、今日はあまりにもリアルで嫌な気分になる夢だったのでずいぶん引きずった。
話が前後するが私は今台湾の美術プログラムに参加していて、一昨日現地入りしてすっかり馴染み、昨夜も何の問題もなく楽しくやれそう、とワクワクと充実して床に就いたのだ。
なんでこんな嫌な気分で目覚めなきゃならんのだ??
この夢のキーワードは「自分勝手」「自分だけ良ければいい」、そんな自分を実は自分は否定していない、そして「電車」だ。
バシャール・本田健の「未来はえらべる!」を読んだ人にしか通じないだろうがこの「電車」というのが実に象徴的なんだ。
穿って考えると、私の最後のネガティブ意識が親きょうだいを総出演させて古い意識に何とか私をとどまらせようと企んだ夢なのではないか。
なんにしてもこれは「夢」で、どんな嫌な夢でも夢からさめれば実体はない。
嫌な気分を起きてからいつまでも引きずっている必要はない。
・・・・・・・たぶんこれは「夢」の話だが、たとえ「現実」だってそれは同じことだろう。
嫌なシチュエーションを見せられたって、そのまま嫌な気持ちでいる必要はない。
そこまで考えたけど、やっぱり心が疲れているのは感じたので、起きてすぐにあったかくて甘い胡麻とクルミのお茶を飲んで、心を落ち着けるためにこれを書きました。(^_^;)