私が瞑想を始めたのは・最近では、去年の11月ごろ。
「最近では」というのはしばらくやっては止め、を繰返してきたから。
多分そのときの目の前の辛さがなくなるとやらなくなるということだったんだと思う。
その最近の瞑想のキッカケは、友人の主催するサークルに行って「エナジーバンパイア」に会った、とはっきり感じて恐くなった時。
シータヒーリングを受けた後で自分が脱皮したザリガニみたいになっていてセンシティブになっていたというのもある。
前彼ちゃんと駄目になっていく過程でもあり、自分で自分を持ち上げるアファメーションでもしないととても毎日を乗り切れそうも無かった、という側面もある。
どんなやり方か、というと。
朝起きて時間のある時は、布団の上で起きて蓮華坐になる。
手は阿弥陀様の「定印」。
1.「会陰」のあたりから赤い太いコードが地球の中心に向って伸びていくようにイメージする。
印を結ぶときに目いっぱい息を吸って、ゆっくり吐きながら吐ききった時に「地球の中心に自分のコードが刺さった!」と思い込む。
息を吸いながら地球の中心に刺さったコードから「きれいに輝く赤」のエネルギーを自分の体の中に吸っているイメージを持つ。
吸った息でパンパンに自分がなったら息を止めて、赤いエネルギーを体の中で大きく増幅させる。
所謂第一のチャクラに真っ赤な大きな牡丹が咲くイメージ、とか赤く輝く大きな風船がぐんぐん膨らむ感じにする。
息をこらえ切れなくなったら、吐きながら自分と地球を繋いでいる赤いコードに増幅した赤いエネルギーを地球に向っておろす。
2,3回エネルギーをやりとりしたら、次はおへその辺りに金の輝く球をイメージして、そこから金のコードをたらして・以下赤のコードと同じように2,3回。
これは所謂「グラウンディング」。
地球としっかり繋がって自分に落ち着きをもたらしてくれるかんじ。
2.その次は自分の頭の中心から「鬼太郎の妖怪アンテナ」みたいなものが伸びているというイメージで、やはり吐きながら昼はお日様、夜はお月様に向ってアンテナを伸ばす。
呼気を吐ききって強引に「お日様に届いた」とする。
届いたら光のエネルギーのイメージを「鬼太郎の妖怪アンテナ」から吸い込む。
息をしばらく止めて自分の体の中に吸い込んだ光のエネルギーをいきわたらせる、ついでに増幅させる。
そいでもって、それをまた呼気に乗せて上にめぐらせる。これも2,3回。
これは「上の方」と繋がりを良くしたいということ。
3. 1と2で自分がリラックスしてきた感じがしたら、「第三の目」辺りに意識を向けながらゆっくり深く息を吸っては吐く、を繰返す。
私の場合はそこでだんだん目の前に紫ときみどり色と金の光がぽわーん、ぽわーん、と浮かぶので、そうするとリラックスした感じになった、ということにしている。
で、その状態で迷っている事があったらその光に向って問いかける。
大体独り言みたいに、ぽつん、と頭に答が浮かぶ。
それがとりあえず「自分自神」の回答ということにしている。(*^_^*)
何も考えずにしばらく光の乱舞を見て楽しくリラックスしている時もある。
辛かった頃は「自分は日々良くなっている!」とか・ざっくりしたアファメーションを頭の中で唱えていた事もあった。(、、、、、つらかったんだなぁ、、、可哀想だったなぁ、けなげだなぁ。(ToT))
以上、30分くらいのもんでしょうか?
時間の無い時は出勤時に座って、中央本線の中で腰掛けてこれをやるときもあります。
2駅くらいのもんです。(大月~鳥沢間くらい。15分?)
所謂「ハイヤーセルフ」に出てきてください、とお願いしてお姿が見られる方もいるみたいだけど、私は何度か試したけれど映像は見えない性質みたい。
グラウンディングが深く出来ていると体の中から逆時計回りにエネルギーみたいなものが回転し始めて自分もゆらゆらしてしまいます。
仏壇にお線香をあげて日々の感謝が長引いてそのまま瞑想しちゃうこともあります。
そのときは仏壇に向って正座で合掌。
じつはこのポーズの方が(蓮華座・定印より)合掌の手を中心に何かが増幅されて体や空間を包んでいくような気配があります。
合掌して深く瞑想できたときは変なんだけど、頭の骸骨が開くというか、頭からばーっと体と空間の境目がなくなって広がっていく感覚がある時がある。
だからといって何か答をもらったり見えたり聞いたりはしない。
ただ、すごく気持ち良い。
そして深くご先祖様達や色々な方に繋がってる感じがする。
お風呂の湯船に浸かってるときに「虹の瞑想」をすることも多いです。
単純にきれいなイメージで楽しいからするんだけど。
そんな感じで、あまりうまくできてるかどうかは突き詰めずに「なんちゃって」でもいいじゃん、というユルさでやっています。
瞑想で悟りや神秘体験が出来るほど清らかでもないから、自分がよりリラックスして生きやすくなるための人類の英知のツールとして、楽しく使っています。
電車の乗り継ぎの待ち時間に高尾の駅のホームで立っていても出来るので、質の高い暇つぶしにもなります。
「最近では」というのはしばらくやっては止め、を繰返してきたから。
多分そのときの目の前の辛さがなくなるとやらなくなるということだったんだと思う。
その最近の瞑想のキッカケは、友人の主催するサークルに行って「エナジーバンパイア」に会った、とはっきり感じて恐くなった時。
シータヒーリングを受けた後で自分が脱皮したザリガニみたいになっていてセンシティブになっていたというのもある。
前彼ちゃんと駄目になっていく過程でもあり、自分で自分を持ち上げるアファメーションでもしないととても毎日を乗り切れそうも無かった、という側面もある。
どんなやり方か、というと。
朝起きて時間のある時は、布団の上で起きて蓮華坐になる。
手は阿弥陀様の「定印」。
1.「会陰」のあたりから赤い太いコードが地球の中心に向って伸びていくようにイメージする。
印を結ぶときに目いっぱい息を吸って、ゆっくり吐きながら吐ききった時に「地球の中心に自分のコードが刺さった!」と思い込む。
息を吸いながら地球の中心に刺さったコードから「きれいに輝く赤」のエネルギーを自分の体の中に吸っているイメージを持つ。
吸った息でパンパンに自分がなったら息を止めて、赤いエネルギーを体の中で大きく増幅させる。
所謂第一のチャクラに真っ赤な大きな牡丹が咲くイメージ、とか赤く輝く大きな風船がぐんぐん膨らむ感じにする。
息をこらえ切れなくなったら、吐きながら自分と地球を繋いでいる赤いコードに増幅した赤いエネルギーを地球に向っておろす。
2,3回エネルギーをやりとりしたら、次はおへその辺りに金の輝く球をイメージして、そこから金のコードをたらして・以下赤のコードと同じように2,3回。
これは所謂「グラウンディング」。
地球としっかり繋がって自分に落ち着きをもたらしてくれるかんじ。
2.その次は自分の頭の中心から「鬼太郎の妖怪アンテナ」みたいなものが伸びているというイメージで、やはり吐きながら昼はお日様、夜はお月様に向ってアンテナを伸ばす。
呼気を吐ききって強引に「お日様に届いた」とする。
届いたら光のエネルギーのイメージを「鬼太郎の妖怪アンテナ」から吸い込む。
息をしばらく止めて自分の体の中に吸い込んだ光のエネルギーをいきわたらせる、ついでに増幅させる。
そいでもって、それをまた呼気に乗せて上にめぐらせる。これも2,3回。
これは「上の方」と繋がりを良くしたいということ。
3. 1と2で自分がリラックスしてきた感じがしたら、「第三の目」辺りに意識を向けながらゆっくり深く息を吸っては吐く、を繰返す。
私の場合はそこでだんだん目の前に紫ときみどり色と金の光がぽわーん、ぽわーん、と浮かぶので、そうするとリラックスした感じになった、ということにしている。
で、その状態で迷っている事があったらその光に向って問いかける。
大体独り言みたいに、ぽつん、と頭に答が浮かぶ。
それがとりあえず「自分自神」の回答ということにしている。(*^_^*)
何も考えずにしばらく光の乱舞を見て楽しくリラックスしている時もある。
辛かった頃は「自分は日々良くなっている!」とか・ざっくりしたアファメーションを頭の中で唱えていた事もあった。(、、、、、つらかったんだなぁ、、、可哀想だったなぁ、けなげだなぁ。(ToT))
以上、30分くらいのもんでしょうか?
時間の無い時は出勤時に座って、中央本線の中で腰掛けてこれをやるときもあります。
2駅くらいのもんです。(大月~鳥沢間くらい。15分?)
所謂「ハイヤーセルフ」に出てきてください、とお願いしてお姿が見られる方もいるみたいだけど、私は何度か試したけれど映像は見えない性質みたい。
グラウンディングが深く出来ていると体の中から逆時計回りにエネルギーみたいなものが回転し始めて自分もゆらゆらしてしまいます。
仏壇にお線香をあげて日々の感謝が長引いてそのまま瞑想しちゃうこともあります。
そのときは仏壇に向って正座で合掌。
じつはこのポーズの方が(蓮華座・定印より)合掌の手を中心に何かが増幅されて体や空間を包んでいくような気配があります。
合掌して深く瞑想できたときは変なんだけど、頭の骸骨が開くというか、頭からばーっと体と空間の境目がなくなって広がっていく感覚がある時がある。
だからといって何か答をもらったり見えたり聞いたりはしない。
ただ、すごく気持ち良い。
そして深くご先祖様達や色々な方に繋がってる感じがする。
お風呂の湯船に浸かってるときに「虹の瞑想」をすることも多いです。
単純にきれいなイメージで楽しいからするんだけど。
そんな感じで、あまりうまくできてるかどうかは突き詰めずに「なんちゃって」でもいいじゃん、というユルさでやっています。
瞑想で悟りや神秘体験が出来るほど清らかでもないから、自分がよりリラックスして生きやすくなるための人類の英知のツールとして、楽しく使っています。
電車の乗り継ぎの待ち時間に高尾の駅のホームで立っていても出来るので、質の高い暇つぶしにもなります。