鳴門駅近くのスーパー入口横に、お遍路らしき人がやっていた。どうも違和感がある。まずもって賽銭を入れたいと思えない。
2日、高知のキャンプ場に来たお遍路も托鉢をしながら周っているのだが、大きなスーパーあるか尋ねられた。お遍路にとって定番なのか? 1日700円ぐらいになると言う。
托鉢、物貰いにしか見えないのは偏見か…
鳴門に心臓移植が必要な赤ちゃんがいる。手術費用が1億円以上。その両親、親族だけではそんなお金がない。徳島という田舎町で手術費用を募金で集め始めた。現在6,700万円以上集まっている。募金集めなら案外すんなりとお金を入れてしまう。
どちらも生きる為のお金集め。ただ前者の「生きる」と後者の「生きる」に違いを感じてしまう。同じ命の火なのに…
戦争、災害、障害、誕生、自殺… 命の重さとは違うのか…