「おばさ~ん、焼酎お替り!」
「ユ先生、飲み過ぎだよ、そのへんで止めといた方がいいんじゃないかい。」
「いいの、いいの、喉カラカラなのに我慢してたんだから。」
「でもねえ・・あらやだ。」
ウンスのテーブルに酒を持ってきた店主は、彼女の向かいに座る男と目が合い頬を染めた。
「何よぉ・ひっく。」
「もうよせ。」
「うるさぁい~!どうして、あんたが此処に居るのよ?ひっく。」
ウンスの手から焼酎の瓶を取り上げようとしたヨンだったが、その手は見事に撥ね退けられた。
ソウルの街。
東大門にほど近いポジャンマチャ(露店)。
ウンスが仕事の帰りに立ち寄る馴染みの店。
いつもの席に座るウンスは、いつもの様に焼酎を飲んでいる。
ただ、いつもと違うのは一人じゃないと言うことだ。
「ユ先生、見合いだったのかい?うまくいって良かったねぇ。」
「み・あ・い~?違うわよ、今日はデートだったの、凄ーく素敵な人と、ひっく・・」
「まあ、確かにイケメンだね。」
「はあ?」
店の中は満席だ。
忙しいはずなのに、店主はウンスの座る席から離れようとしない。
文句を言いそうな客達も何故か黙認している。
それもそのはず、店の客達の視線は一点に集中していた。
飲むことも食べることも忘れ、神とも言わんばかりの男の美貌に見とれている。
その男は周りの視線など気にする様子もなく、次々と酒を煽る女をじっと見つめていた。
「ちょっと、誤解されたじゃない。」
ただ一人、ウンスだけは目の前に座る男に鋭い視線を向けている。
「誤解とは、誰にだ?」
ヨンも冷静だった。
暴言を浴びせられても、動じることなく長い脚を組み直す。
「だから先輩によ、ひっく。」
「ああ、あの気取った男か。」
「失礼ね、ずっと憧れてた人なのに、あなたがあんな・」
言い掛けた途端、ウンスの身体は硬直した。
「おっと・」
その彼女の手から滑り落ちたグラスを、とっさにヨンが掴む。
「夢よね・・そうでしょう?全部夢でしょう?じゃなかったら・・」
「夢じゃない。」
「はい?」
「お前は昨夜、俺に抱か・」
「きゃあぁぁ!!」
ウンスは慌ててヨンの口を手で塞ぐ。
「・・ちょっと、変な事言わないでよ!」
「なぜ?事実だ。」
「止めて!」
彼女の頭の中に赤裸々な記憶が甦る。
繰り返される甘い口づけ。
熱い唇。
自分の身体に触れる冷たい手。
そして何度も囁かれた言葉。
「ウンス、お前は俺のものだ・・」
震えた・・
そして体中が熱くなった.。
ヨンは真っ赤に頬を染め言葉を詰まらせたウンスの手を掴む。
そして甘い夜の続きのような声で囁いた。
「俺の刻印は首だけじゃない・・」
「ええっ?!」
ウンスはとっさにハイネックの襟元を覗き込んだ。
「はっ、嘘つき!無いじゃない、ほら!」
「ユ先生・・」
「はい?」
今度は彼女が店中の視線を一身に浴びた。
それもそのはず、超イケメンの男に自分の胸元を開いて見せようとしているのだ。
「もう、ヤだ!」
ウンスはあまりの恥ずかしさに店を飛び出した。
「ユ先生!?ちょっと・」
店主は彼女を引き留めようと慌てて追いかける。
だが、ウンスの姿はあっという間に人混みに隠れ見えなくなった。
「おばさん、どうかしたのか?代金なら、今度貰えばいいだろう。」
心配した他の客が呆然と立つ店主に声を掛ける。
「そんな事じゃない、言い忘れたんだよ。」
「何を?」
客は首を傾げている。
「出るんだよ、最近この辺りにも噂の吸血鬼がね、だから気を付けるように言おうと思ったんだ。」
「おい、まさか・・ははは。」
「そうだよな、吸血鬼なんて、映画じゃあるまいし。」
「そうそう、バカバカしい。」
客の男達は笑い飛ばしていたが、その中の一人が急に真面目な顔になった。
「でも、最近様子が変だと思わないか?見てみろよ。」
そう言って、店の外に視線を向ける。
「何だよ、何かあるのか?」
視線を追って、店の男達は外の通りに目を向けた。
暗くなった路地に何軒もの露店が並ぶ。
美味しそうな湯気が立ち上り、威勢の良い声が聞こえる中、いつもと違う風景が見えた。
「ちょっと、こっちの通りに行ってみない?」
「駄目よ、もっと暗い道じゃなくちゃ。」
「ああ~、何処に行ったら会えるんだろう。」
若い女子達が、スマホ片手に露店の並ぶ通りを一往一来している。
「おいおい、何だ?やけに若い女の子が多いな。」
「吸血鬼捜索ツアーらしいよ、まったく最近の若い子達は何を考えているのやら。」
店主は大きな溜息を落とし、店の中に戻ってくる。
そしてテーブルを片付け始めた。
「吸血鬼探検って・・怖くないのか?」
客達も呆れている。
「さあね・・おや、ところで、ここに居た超イケメンは?」
皆の視線が店主の指差すテーブルに集まる。
そこには空のの焼酎の瓶と、グラスが一つ転がっているだけだった。
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