そして昭和のウラ将軍率いる軍が、奇兵隊と称した長州軍に敗退した。(無理やりですが)

メディアはここぞとばかりに取り上げましたが、『国難』を忘れているようでした。
この戦いは「内輪の争い」であり、歴史に残るような戦いではなかったようです。
戦いのなかでの演説では「雇用」「雇用」「雇用」と言っていましたが。
本来の言いたかった意味は次のようでしょうね。
最初の「こよう」は「枯用」と書きます。・・・仕事も無くなりました、

次の「こよう」は本当は次のように「胡用」と書きます。・・・は中国に甘くなるの

三番目の「こよう」は「虚要」と書きます・・・・は虚しいけど要(かなめ)に「あの人」を無視するわけにはいかなくなりました。

それから挙党一致とありましたが「共闘夷っ血」といいたかったようで、さすが「70年安保の団塊の世代」ですので「共闘」というのはすんなりでますが、「夷っ血」とはまつろわぬ従わないものは血をみるぞというのが本音ではあるようで

でも日本国の「国歌」を暗いとかって言う人が総理って・・・・・・