とても暑い日々が続いています。

 

新型コロナ以上に今は熱中症の方が注意だと思います。

 

もう毎年のように伝えられていることなので、ほとんどの方は熱中症対策についてはある程度理解しているのではないかと思っています。

 

 

今回は、今から5-6年くらい前に経験した、私の中で非常に教訓となった重度の熱中症症例について取り上げたいと思います。

 

どういう風に考えさせられたかは、後ほど書こうと思います。

 

 

その症例を経験する数日前、たまたま教授と二人で雑談していた時に、教授がこんなことを言ってきました。

 

「熱中症で何でこんなに死ぬ人がいるの?」と

 

私はその質問を受けた時に面食らいました。

 

熱中症で死ぬのは当たり前なことでは?と思ったからです。

 

よく言われていることは、高体温にさらされることで、発汗調節が出来なくなり、体内がうつ熱状態となり、内臓系が高温により障害されて多臓器不全に陥る、というような内容だったように思います。

 

私がそう教授に話すと、「ホントに?そんなに簡単に人が死ぬの?」と言ってきました。

 

私は脱水も影響しているのでは?と言ったら「脱水ったって病院に来たら点滴するでしょ、体も冷やす訳だし、何でこんなに死ぬのか?」ということで、その場では結論が出ませんでしたが、教授が疑問の思っていたのが「死亡例は熱中症に対して適切な対応を本当にしていたのか?」ということだったようです。

 

 

確かに、私は救急を専門とはしていないものの、月に1回は大学、そして月に数回は外の病院で2次救急を行っていて、熱中症の患者さんは非常に多く診てきました。

 

しかし、重症例は経験がなく、みんな軽症でクーリングと点滴1-2本程度で問題なく帰宅出来ていました。

 

もちろん、重症は3次救急に搬送されるのでしょうから、そもそも私の所には来ないからかと思っていました。

 

 

そして、ある日、私が当時毎週当直に行っていた中規模の病院で救急をやっていた時のこと。

 

救急隊から搬送依頼がありました。

 

男性で60代か70代か忘れましたが、クーラーのかかっていない畳の部屋で意識がなくけいれんした状態で倒れていたということです。

 

熱は40℃くらいだったと思いますが、頻脈はあったものの血圧は問題はなく、多量の発汗がみられたということ。

 

意識状態は気になったものの、熱中症であればクーリングと点滴で済むと思っていましたので、受け入れることとしました。

 

しかし、いざ来てみると、その姿は私が経験したことのないものでした。

 

呼びかけには答えることは出来ず、激しく全身がけいれんした状態で、採血や点滴を行うことも困難な状態でした。

 

当然髄膜炎などの別の病気の可能性も鑑別すべきと思いましたが、状況や頻度などから、まず熱中症を考えて初期対応を行うこととしました。

 

いずれにしても、熱中症だとしても私が経験した事のない重症例ではないかと思い、かなり焦りました。

 

とにかく全身のクーリングをしっかり行い、冷えた点滴を全開で落としました。

 

その時に同時に採血も施行しましたが、採血結果が出るのはその病院では約1時間半かかる環境でした。

 

今になって思えば、こんな状態であったなら、もっと大きい病院にすぐに搬送する決断をすべきだったかもしれませんが、何となく採血の情報とかがない状態での転院依頼は暗黙のルールとしてタブー視されていた風潮がありましたし、血圧も大丈夫だったため、最低でも採血結果が出るまでは様子を見ようと思っていました。

 

クーリングと急速輸液により、けいれんは若干治まった感じでしたが、意識のない状態は続いていました。

 

そして、点滴を全開にして合計1000ml点滴した時点で、採血の結果が出ました。

 

そしたら意外にも、肝臓や腎臓など目立った異常所見はなかったのです。

 

そんな時、数日前の教授とのやり取りを思い出しました。

 

点滴はこれ以上行わず、クーリングだけで様子を見れば大丈夫なのでは?と。

 

 

私はその患者さんは転院搬送はせずに、朝までその病院で入院とし、あと500mlの点滴を朝までゆっくり点滴し、クーリングはそのまま継続して様子をみる方針としました。

 

 

翌朝、私が大学に戻る前に患者さんの様子を見に行ったら、昨日までの状況とは打って変わって、完全に意識も戻り、全く問題なく会話して、熱も下がっていましたので、そのまま退院としました。

 

 

もし数日前の教授とのやり取りがなかったら、私は一体どういう治療を行っていたでしょうか?

 

もしかしたら、焦って、熱が下がり意識が戻るまで、全開で大量の点滴を行っていたかもしれません。

 

実は、私がその時点までに経験さいた他の先生の熱中症診療は、とにかくガンガン輸液を行うというものでした。

 

その輸液量は時に4Lにも5Lにも及ぶものでした。

 

点滴ボトルは1本500mlで、全開で落とした場合、血管の状態にもよりますが、おおよそ30分以内に落としきることが出来ます。

 

何も考えずに熱が下がるまでどんどん点滴したら、4-5Lはあっという間に入ってしまいます。

 

しかし、実際にショックになるくらいの高度の脱水状態は稀であり、確かに脱水はあるのですが、せいぜい1-1.5L程度で脱水がある程度補正出来る程度のことが多いです。

 

若くて基礎疾患のない方であれば、短期間で4-5Lという点滴をしても、尿として排泄されるため、問題ないかは分かりませんが、少なくとも死に至ることはないかもしれません。

 

しかし、熱中症診療において、心疾患を合併しているかを厳密に評価することは出来ないことがほとんどです。

 

中高年の方でもし心疾患が存在していた場合は、4-5Lの点滴を急速に行った場合、うっ血性心不全で亡くなる可能性は十分二あり得ます。

 

心不全だけではなく、そういう時に入れる点滴は塩分が多いため、高ナトリウム血症になる可能性もあるかもしれません。

 

 

一応断っておきますが、熱中症の死因はまやかしであり、実際には過剰輸液などの医原性の要因だと断言は決して出来ません。

 

しかし、いい加減な知識と考察に基づいて医療行為がなされたのであれば、不適切な点滴治療が行われても決して不思議ではないのです。

 

 

私としては、この経験はとても教訓となったのですが、このような経験というのは意外と発信されないものであり、少しでも役に立てばと思い、今回書かせて頂きました。

 

 

もちろん、熱中症は当然死に至る可能性のある怖い病気であるという認識は持つべきですので、スポーツドリンクなどで十分に水分補給を行い、可能であれば不要不急の外出は控えて涼しい室内で過ごすことを心がけて下さい。