ご存じの方も多いかもしれませんが、山梨県立中央病院で、交通事故で搬送されたO型の患者さんに対して、B型の血液が輸血されたことが、ニュースとなりました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170701-00000067-asahi-soci

 

結果的に、患者さんは亡くなられたが、病院側は死亡との因果関係は低いと考えているようです。

 

それもそのはずです。

 

交通事故により5680ml輸血するような状況が、いかに深刻な状況かは、私も分かります。

 

ただし、ハッキリ言います。

 

もし誤った血液型(O型の場合は他の全て)が840ml輸血され、それに対する治療が行われなければ、人間は確実に死にます。

 

それが仮に正しい血液が輸血されていても助からなかったかもしれませんが、確実に致死量の血液型の異なる血液が輸血されたのは事実であるため、因果関係は関係ありません。

 

 

今現在、日本の医療において、血液型不適合輸血が起こってしまうことは、極めて稀です。

 

なぜなら、血液型不適合輸血は、極めて致死率が高い深刻な医療事故でありながら、予防することはそれほど難しいことではないからです。

 

おそらく日本のどの医療機関も、血液型不適合輸血を防ぐ対策は練られており、徹底したダブルチェック体制、そして大きな病院では機械的な認証(つまり、患者さんのID、オーダーした血液、届いた血液が全て一致しているか)を確認していることが多いと思います。

 

私も数え切れない程の患者さんの輸血を行ってきましたが、このシステムをちゃんと遂行して、間違った血液が輸血されるということは、あり得ないことだと思います。

 

山梨県立中央病院は、病床数600以上の山梨県内で最大規模の病院であり、なおかつ山梨県内唯一の「三次救急」、つまり極めて重篤な病気や外傷などの救急を取り扱う救命救急センターを備えた病院です。

 

輸血は日常的に行われているはずであり、これほど大きな病院に、輸血のチェックシステムが整っていなかったとは到底思えません。

 

 

ではなぜこのようなことが起こってしまったのか。

 

その原因は、そのチェックシステムを無視した医療が行われたことであるからであることは、間違いないと思っています。

 

一つ注意しなければならないことは、この状況は極めて緊急性が高い状況であり、一刻も早く大量の血液を輸血する必要があったことです。

 

通常、血液を輸血する場合は、患者さんの血液型を確認し、その後クロスマッチという、患者さんの血液と予定している輸血の血液を混ぜて血液が固まらないかを確認し、その後に輸血する形となります。

 

しかし、これらの工程を全て終了し、血液が患者さんに投与されるまでに、どんなに早くても30分くらいかかります。

 

なので、どうしても待てない場合は、私はやったことがないのですが、クロスマッチも省略し、全ての血液型に対応可能とされているO型の血液を輸血することは、あり得ることです。

 

この患者さんは幸か不幸か、血液型がO型だったので、その問題はクリア出来たはずです。

 

しかし、この件については、極めて奇妙なことがあります。

 

赤血球輸血は、通常280ml(2単位)一袋を点滴につないで輸血します。

 

最終的に5680ml輸血されたということは、合計で21袋輸血されたこととなります。

 

こんなに大量に輸血のオーダーが入ったら、輸血部も当然現在O型の輸血が大量に必要な患者さんがいることは、十分に理解しているものと思いますし、おそらく亡くなるまでの3時間あまり、合計21袋もずっと輸血し続けている姿を見ている現場の人間で、患者さんの血液型がO型であることを知らない人はいないはずです。

 

しかし、そのうちに3回も明らかに異なるB型の血液が輸血されたということ。

 

日本で滅多に起きない違う血液型の輸血が3回も行われたということは、明らかに異常事態だと思います。

 

 

そこで、例の様に前置きが長くなってしまいましたが、ここからが今回の本題です。

 

改めて、今回なぜこのようなことが起こったか。

 

私はその原因として、「過度に急かす現場の空気」があったのではないかと思います。

 

それも無理はありません。

 

超がつくほどの大量出血でありながら、おそらく搬送時は心肺停止状態ではなく、しかしながら、血圧は極めて低く、外傷の程度も深刻。

 

極めて迅速に事を進めないと、確実に亡くなる、救急の中で最も緊迫した状況です。

 

そういう状況の場合、医療現場の中心に立っている人達、特に指示する医者は、非常に慌ただしく、声を荒げ、そして時に怒号を交えながら、「早くしろ!」という感じに回りに急かします。

 

私は医者になって3ヶ月目に循環器内科、5ヶ月目に救急を回りましたが、正直もの凄く怖かったし、この時点で私は救急は無理だと思いました。

 

しかし、実際に私は内科に進み、内科救急も行い、慢性疾患とは言え、急変もありますので、緊急事態はそれなりに経験しております。

 

そこで、私は間違いないと思ったことは、いかなる状況であっても回りも自分も急かしてはいけない、ということです。

 

怒鳴りながら「早くしろ!」と言われて、早く出来ないともの凄く怒鳴られる状況は、誰でも怖いです。

 

しかし、現場にいる医療関係者は、本当はそんな状況で平常心でちゃんと動ける人は、よほど慣れている人じゃない限りいないのです。

 

「早くしろ!」と言われても、人間は早くは動けません。

 

それどころか、焦ってしまい、ミスをしてしまう可能性の方が高いのです。

 

この場合、極めて迅速に大量の輸血が必要な状況。

 

輸血部も大量の輸血を速やかに用意するために、バタバタしていたかもしれません。

 

もしかしたら、病院内にO型の血液が足りなかった可能性もあり、大急ぎに日赤に連絡して大量の血液を手配したりしていたかもしれません。

 

そういう所で、何らかの手違いでB型の血液が3個も現場に運ばれてしまった。

 

現場では、おそらく「早くつなげ!」という感じだったのではないでしょうか。

 

血液型の確認を行う余裕もなく、流れ作業的に、とにかくひっきりなしに、つないで落とすの繰り返しだったのではないかと思います。

 

これでは、せっかくのチェックシステムも、全く機能しません。

 

全ては、「急かす医療現場」によるものだと思います。

 

 

しかし、これほど緊急事態なので、悠長に動いていい訳がありません。

 

では、どうすればいいのでしょうか。

 

ハッキリ言います。

 

人間は急かしても早く動けないです。

 

それに私が気づいたのは、比較的普段からバタバタすることのない、リウマチ膠原病科でやってきたからだと思います。

 

基本的にリウマチ膠原病の医療現場は、全体的にのんびりしており、バタバタするようなことは少なく、医者も全体的に穏やかな人達が多いです。

 

そんなリウマチ膠原病の現場でも、たまに緊急事態も発生します。

 

しかし、私達は普段からのんびり仕事する習慣が身についたせいか、緊急事態でものんびり癖が抜けません。

 

多分、救急を専門としている人からしてみれば、何を悠長なと思われるかと思います。

 

しかし、私達も内科医であり、緊急事態に対してどのように対応すべきかについては、最低限のことは理解しているつもりです。

 

そうすると、案外セカセカせずに、悠長に構えてやった方が、物事を確実に行うことが出来、やらなければならないことも、見落としなく行うことが出来ることに気づいたのです。

 

それに気づいてから色んなことを考えた所、一つ一つの行動を、セカセカやるのと、落ち着いてやるのでは、かかる時間はほとんど変わらない所か、ミスが少なくなるので、こっちの方が間違いなく有効であることが分かったのです。

 

 

だから、私はあまり緊急事態になれていない病院で当直した時、看護師さんとかがメチャクチャ慌ててバタバタしている姿を見ると、私はあえてのんびり構えたり、本当は急がなければならない時でも、時に「急がなくてもいいよ。のんびりやろう」ということもあります。

 

いかなる緊急事態でも、急かさず落ち着いて、そして常に平常心で行動する。

 

個人的な感触としては、こっちの方が成績がいいと思っています。

 

なので、私はいかなる状況であっても、医療現場に「急かし」は禁物だと思っています。

 

多分、救急においても、大事なことは急かすことではなく、やるべきことを落ち着いて確実に熟すことが一番早いことは、間違いないのではないかと思います。

 

そして、この「急かす医療」は救急に限らず、全ての医療現場で起こりえます。

 

医者が他の医者やスタッフなどに「急かす」状況は、生命の危機に瀕した状態とは限りません。

 

診療科によっては、もっと落ち着いている状態であっても、慣れていないとバタバタしてしまうことはあります。

 

そういう時、たいしたことなくても、慣れていないと慌ててしまい、医者は回りに声を荒げて「早くしろ!」となってしまうものです。

 

これは、絶対にあってはならないことだと思います。

 

 

私はこの血液型不適合輸血の点では、おそらくまずシステムに関して見直されるものと思いますが、私はこの「ミスを誘発しやすい医療現場」、特に「急かす医療現場」が存在していなかったかについては、徹底して検証すべきだと思います。