この記事は、自分の経験をGrokに話して、ブログ用に整えてもらったものです。
夏休みは今日まで。
明日から学校。
のんびりの夏休み
忙しい学校
止まっていた時間が流れ出す
私の時間が流れ出す
勉強が大事な事だと分かってる
だけど、私の心がついていけないよ
それって、本当に、必要なのかな?
——
この詩を書いたのには、理由がある。
高校生の息子が、
中学3年のときの内申を思い出したからだ。
数学だけ5で、あとはオール3だった。
元々そこまで高いレベルの高校を
狙っていたわけではないから、
一般入試で十分入れるところを希望していた。
だから点数自体は問題なかった。
でも、釈然としなかった。
本人は数学以外の教科も得点は悪くなかった。
提出物も期限を守っていたし、
態度も良い子だった。
なのに、
なぜ評価がそこまで低かったのか。
後から理由がわかった。
推薦で高校を受けさせる生徒たちは
事前に決まっていて、
その子たちの内申を良くするために、
一般の生徒には高めの内申を
付けないようにしていた、という。
そのせいで、ある悲劇が起きた。
息子が公立の滑り止めで受けた私立高校に、
同じクラスの生徒が何人も受けていた。
内申の良い子たちだ。
ところが、
専願でも落ち、
一般でも落ちた。
息子より内申のいい子たちが落ちて、
息子は一般で合格した。
高校側は、
この中学校の内申を
見抜いていたらしい。
「内申が高くても、
実際の学力はそれほど高くない」と判断され、
専願で落とされたのだ。
中学校側は「内申を疑われた」と憤慨し、
専願で落ちた生徒たちに
一般でも受けさせて
実力を証明させようとした。
しかし、結局は実力不足で落ちた。
真面目にやっていても、
評価の仕組みが歪んでいれば、
正当に報われないことがある。
逆に、評価が低くても、
実際の力で道が開けることもある。
だから、私は思う。
中学校の勉強で、
そこまで真面目に
自分を追い込まなくても
いいんじゃないか、と。
大事なのは、
内申に一喜一憂することより、
自分のペースで、
必要な力を
少しずつ、つけていくこと
なのかもしれない。
夏休みが終わって、時間が動き出す。
心がまだ追いつかなくても、それでいい。
本当に必要なものは、
内申点の先にしか
ないわけじゃないから。



