続き | アディが見ている・・・

アディが見ている・・・

体重7キロのちっちゃなフレンチブルドッグの女の子。
しかしその実態は・・・MAX食いしん坊!!

アディさんとの再会の喜びがおさまってくると

当然、嫁さんの方が気になります。

運悪く、前々から調子の悪かった嫁さんのiphoneを

修理に出した翌日で、僕のiphoneを嫁さんに持たせ、

僕は会社携帯しか持っていない状況。


とっくに使い方を忘れた、i-modeと格闘しつつ

絶対に電車は止まるな、という確信に似た思いがありました。


「とにかく社に向かおう。」


アディさんを乗せたまま、会社に戻りました。

社員は全員外に避難していて、事務所に戻ると

みんなが机やロッカーを復旧している所でした。


うちの事務所は、鉄骨の上に乗っている構造なので

(通常は鉄筋)非常に揺れが厳しく、パソコンが1台

おしゃかになっていました。

自分のパソコンはノートでよかった、と思いつつも心は「嫁さん大丈夫か?」

で埋まっていました。


とりあえずその日は5時で強制終了で解散。


とにかく恵比寿で立ち往生しているであろう嫁さんを

迎えに行くことに。


通常であれば、職場のある埼玉県川口市から

恵比寿までは首都高を使って、空いていれば30分。

多少混んでいても1時間見ておけば間違いありません。


首都高が立ち入り禁止になっているのは

当然として、下道にも多少の自信はありました。

何回も行ってるし、最近いい待ち合わせ場所も

見つけていた所。

なんの疑問も持たずに出発しました。

アディさんとドライブ~~~、くらいの気持ちでした。


御殿場で大渋滞くらった時は、8時間くらい車に

乗っていて、あの時はさすがにアディさん

吐いちゃったけど、大丈夫大丈夫。


そんな気持ちでした。


走り出してすぐに、嫁さんから待望のメールが!


「おいらは大丈夫じゃ。

電車が動いてない~~」


やっぱりね、大丈夫!それは予想済み。

とにかく迎えに行くから、この間のあの場所で

待ってて、と返信。


「お台場の火事が凄いよ~~

こっから火が見えるもん。」


と、うそか本当かわからないメールも。

(≡^∇^≡)

とにかく無事らしい。


アディさんとサムズアップしあい

(脳内イメージ)

とにかく裏道を走っていきます。


異変に気付いたのは、荒川大橋にかかる頃。

かなり車が混みあってきて、渡るのに

相当な時間がかかっています。


ただし、いつも荒川大橋は混むのでこの時点では

そんなに気にはしていませんでした。


そんな中、橋を登りきった時にドコモの携帯から

大地震を予告する警報が鳴り響きました!


「えっ!!こんな時に!」


たぶん、みんながそう思ったのでしょう。

橋の出口に車が殺到していきます。

全員の頭の中に、阪神大震災のニュース映像で見た

落ちた橋が思い浮かんだと思います。


今回の地震で1番あせった瞬間でしたが

幸いにも揺れは来ませんでした。


しかし、それはこれから始まる長~~~い戦いを告げる

ゴングだったのかもしれません。


17:00に川口市を出発したのにもかかわらず

20:52分を回ったあたりで、まだ四ツ谷です。

どこの裏道を抜けても、抜けて出てきた所が混んでいます。


嫁さんにも、恵比寿から出ている電車はないか?

と確認をとりました。

(自分は電車にからきし弱いので、どこを何線が走っているのかは

皆目分かりません。)


とにかくJRは今日は復旧しない。

地下鉄も日比谷線が動いていないので、恵比寿から

動けない、という情報が。

我が家の最寄り駅は、川口元郷という南北線から直通の

埼玉高速鉄道の駅です。


22時を過ぎたあたりで、渋谷まで歩いて銀座線で

動こうとしましたが、運転見合わせになったり、

どうしようかと決めかねている所で、車は飯田橋で

まったく動かなくなりました。


しかし、そんな時に奇跡的に電話が繋がりました。


「もしもし!」

「おお!」


とりあえず南北線が動き出したという情報を得た我々は

とにかく恵比寿から、白金高輪まで歩いて嫁さんに

自力で家まで帰るように説得。

アディさんもいたので、待ってる!と、ぐずりましたが

なんとか説得完了。


時刻は23時少し前、まだ電車が動いているかが

賭けでしたが、僕もUターンを始めました。

帰り道は行きほど混んでないはず。

という読みはまたしても外れ、今度は埼玉へ帰る道が

ふさがれています。


でもこんな時にクラクションを鳴らしながら

我先に急ぐ人もいれば、信号で止まった後に

悠々と車から降りてきて、たばこを余裕でふかしている

女性もいました。

タバコは嫌いですが、なんか好感が持てました。


1度切ったら、もう繋がらないと思い繋いでおいた電話も

白金高輪に嫁さんが到着した時点で切り


「こうなったらどっちが早く着くか競争だ!!」


いや、明らかに負けそうだけれども、、、


結局というか、やっぱりというか、嫁さんが家に着いたのが

夜中の1時近く。

それからさらに2時間後の午前3時頃に、ようやく家に到着。


夕方5時から数えて、約10時間のドライブ。

その間、いっさい休憩なし。


多分緊張していたからでしょうね、アディさんも僕もトイレに

行きたいと思わなかったんですね。


とにかく再会を喜び合い、眠りにつきました。

いや、アディさんは車の中でも僕の膝の上で

スヤスヤと寝ていましたけどね。


そのせいで、何度も僕も眠りそうになりましたとも、ええ。


無事でよかった、と。

普通のありがたさを、また改めて感じる事ができました。


最後になりますが、今回の震災で被災された方々

御家族、かかわったすべての方々にお見舞い申し上げます。


離れた僕らには、僕らのできる事がある。


ワールドビジョン  

別にここからじゃなくてもかまいません。

テレビを見ながらでも募金はできます。

被災地には、大勢の僕らが、アディさんがいたと思います。

読んで下さった方、ありがとうございました。