登山家で山岳カメラマンの平出和也さんと中島健郎さんが、先月27日、世界で2番目に高い山「K2」(標高8611m)を登山中、滑落した。すぐにヘリコプターによる救出が試みられ、二人の姿を確認できたものの、現場は自然条件が厳しすぎてヘリコプターが接近できなかった。その後、二人が全く動いていないことから生存は絶望視され、家族の同意を得て救助活動を打ち切ることになったということだった。

 平出和也という名前を聞いて、「ああ、あの人か」という人は、かなり登山に詳しい人だろう。実をいうと私も、数年前まで知らなかった。その名前を知ったのは、NHK-BSで放送された「グレートトラバース」という番組を見たからである。

 「グレートトラバース」は、アドベンチャーレーサーの田中陽希さんが「日本百名山ひと筆書き」をするところから始まった。その後、「グレートトラバース2 日本二百名山ひと筆書き」、「グレートトラバース3 日本三百名山ひと筆書き」と続く。平出さんは、全ての「グレートトラバース」にカメラマンとして参加している。

 中島健郎さんは「グレートトラバース」では撮影補助の役割を担っている。かつて「世界の果てまでイッテQ!」という番組で、タレントのイモトアヤコが登山をする企画があった。中島さんはその時のカメラマンとして参加していたことの方が有名かもしれない。

 いずれにしても、二人とも日本を代表する登山家であったことは間違いない。そして、二人が消息を絶ったことが、本当に残念でならない。なぜなら私は、「グレートトラバース」を見て山の美しさに感動し、登山を始めた一人だからである。

 二人の報を聞いて田中陽希さんは、SNSで平出さんについて「(グレートトラバースの)撮影スタッフとの顔合わせの時、カメラマンとして同席していた平出さんを目にした時の驚きと喜びは今も覚えています」と書き、中島さんについては「2016年Patagonian Expedition Raceでは初めてのアドベンチャーレースの撮影を楽しみながらも、このレースの難しさを実感されている姿が印象的でした」と書いている。同時にその時の記念写真もアップしていた。写真を見ると、後列の左に中島さんと平出さんが並んでいて、後列の右には2022年にアラスカの高峰ハンターで消息を絶った平賀淳さんも写っている。

 陽希さんの書き込みを見て、DVDで「グレートトラバース外伝 大冒険パタゴニア」を再見した。本当に今となっては信じられないくらいの豪華な撮影スタッフが、信じられないような映像を提供してくれている。

 私は「グレートトラバース」を見て、ドローンを駆使した山の映像の素晴らしさに驚嘆した一人である。山は危険で過酷でもあるが、同時に何と美しいものかと。「グレートトラバース」の主役は陽希さんであるが、影の主役は間違いなく平出さんたち山岳カメラマンチームであった。

 「グレートトラバース3」が終わった後、「達成スペシャル」という振り返りの番組に平出さんも出演していた。その時のコメントが印象的だった。平出さんが友人と食事をしていた時のこと。隣のテーブルにいる人が「グレートトラバース」の話をしていた。「陽希さんは確かに凄いが、カメラマンの方がもっと凄いね」という会話を聞いて「しめしめと思った」ということだった。

 本当に今思い出しても、「グレートトラバース」の山岳映像は素晴らしかった。どうやって撮影しているのだろうと思うことが何度もあった。例えば、岩場でロープを頼りに登っている陽希さん。カメラはその陽希さんを横から撮影している。カメラマンの位置にロープなないはずである。また、深い樹林帯やヤブの中を歩く陽希さん。カメラは並行して移動している。カメラマンはどこを歩いているのか。下山しながら突然走り出す陽希さん。カメラは前に回って同じスピードで走りながら陽希さんの足元を撮っている、など。

 「達成スペシャル」では、平出さんの信じられないエピソードが紹介されていた。確か伊予富士だったと記憶するが、遠くに歩いて行く陽希さんを、平出さんは遥か後方から撮影している。やがて陽希さんが伊予富士に登頂すると、そこには既に平出さんがいて、何とドローンを飛ばす準備ができていた。平出さんは一体どれくらいのスピードで陽希さんに追いつき、追い越し、伊予富士に駆け登っていたのか。

 今後、「グレートトラバース」をはじめ、平出さんと中島さんが残した山の映像を見直した時、何度も驚嘆することだろう。山登りの映像は、山岳カメラマンがどうやって撮影しているのかと考えながら見ると面白さが倍増する。

 昨年2月にNHK-BSで放送された「もう一度、あの高みへ~登山家 平出和也 再起をかけた挑戦~」では、年齢からくる体力の衰え、家族への思い、山で亡くなった登山家のことなどを本音で語っておられたのが印象的だった。

 平出さんや中島さんレベルの登山家の方が、どれくらいの思いでK2の未踏ルートへ挑戦しようとしていたのか、私などには想像すらできない。ただ、二人がいなくなったことが本当に残念である。今までの素晴らしい山岳映像に感謝したい。

 ご冥福を心からお祈りする。