私はめったに電車に乗らない。通勤で電車を利用していたのは、もう20年くらい前である。その後、職場が変わってからは車で通勤していた。今は歩いて(走って)仕事に行っている。地方都市に住んでいるので、移動手段は専ら車である。

 最近、何度か電車に乗る機会があった。しかし、都会の電車とは違い、1時間に電車が1本か2本しか通らないローカル線である。久しぶりに電車に乗るので、何だかワクワクしていた。

 最初に乗った電車は、座席が線路方向に配置されている「ロングシート」と呼ばれる車両だった。出発駅で多くの乗客が乗り込み、私もシートの中心部に座った。この形の車両は、前に座った人と目が合ったりするので、どこに視線を置けばいいのか困ってしまうのが難点だ。

 ところが、その心配は杞憂だった。前のシートに座った全ての乗客がスマホを出して見ていたからだ。車両を見回すと、8割から9割くらいの人がスマホを見ている。これが今どきの電車の中の光景なのかもしれない。しかし、私には異様に思えた。同時に、何を見ているのか気になった。私の丁度前に座った30歳くらいの男性などは、スマホを見ながら、時折ニヤニヤと笑っているのだから。

 ネットを見ると「電車通勤中にスマホでしていることは何?」という調査結果があった。3年前の調査だが、何と9割以上が通勤時間中にスマホを利用しているという結果だった。していることの1位は「SNSの閲覧や書き込み」、2位「ニュース・天気のチェック」、3位「ゲーム」となり、以下、メールのやりとりや動画の視聴、音楽を聴く、などが続く。

 かつて私も首都圏で生活していたことがある。朝の通勤ラッシュも知っている。その頃は満員電車の中でも平気で新聞を広げて読んでいる人が多く、閉口することが度々あった。ところが、今や新聞はすっかりオワコンになってしまった。新聞にとって代わったのがスマホという訳か。スマホから目を離す人が少ないなら、電車の中の吊り下げ広告も無意味ではないだろうか。

 何度目かに電車に乗った時は、4人掛けの「固定クロスシート」だった。私の向かいに座った60代の男性は、発車するとすぐにバッグから文庫本を取り出して読み始めた。熱中していて本から目を離さない。その人を見て、何だか懐かしい光景のように思えた。

 電車内でスマホを取り出し、大きな声で通話をするのは明らかな迷惑行為である。迷惑でなければ、友人とおしゃべりをしようが、眠っていようが構わないだろう。電車内でスマホを見るのは迷惑とは言えない。しかし、9割以上の人が一斉にスマホを出して見ているというのはどんなものか。その時、すぐにスマホでしなければいけないことなのだろうか。スマホで時間つぶしをしても何も悪くない。しかし、私のようなケチンボは、ネットに接続しているデータ代が気になってしまう。

 スマホばかり見る人が多くなると、人がスマホを使っているのか、人がスマホに使われているのか分からないではないか。今後、電車の中でスマホを見ないような時代が来るのだろうか。確実に言えるのは、私のように車窓の景色を楽しもうと思っている人など、今や絶滅危惧種の希少生物ということである。