4年ぶりに鬼城山登山へ行った。3月17日(日)に「吉備路の山 全山縦走大会」に参加するため、下見に行ったのである。4年前は奥坂休憩所から登ったが、今回はJR桃太郎線の服部駅まで列車で行った。この駅から縦走大会がスタートするからである。

 9時過ぎに服部駅に着き、すぐに歩き始めた。この日は冬型の気候に戻っていて、田園の中の道を歩いていると強い風立吹きつけて寒かった。夏山登山の服装にダウンを着ただけだったが、何かもう一枚着てくればよかったと後悔した。

 20年ぶりに来た砂川公園が懐かしかった。公園を抜けた先が二又に分かれていた。ここは左手に入った。どんどん歩いていたが、YAMAPアプリを見るとルートから外れていた。これはしまったと思い、すぐに引き返した。車道から右折する箇所を見落としていたようだ。YAMAPと持ってきた地図を何度も確認し、正しいルートに入った。きれいなせせらぎが流れている「砂川の森」というところを通ったが、砂川公園の奥にこんなところがあるとは知らなかった。

 「経山城跡」へ行く案内板があるところから登山道らしくなった。少し日差しが出てきて、あまり寒さを感じなくなっていた。沢の流れの手前で休憩していると、前方からストックを使った70代の男性が下山してくるのが見えた。声をかけると驚いたようだった。急いでいるのか、すぐに姿が見えなくなった。

 よく整備されたきれいな登山道が続いている。2度目の沢を渡ったころから急登になった。道の両側にシダ類が繁茂している中を登って行った。途中、60代の女性と50代くらいの男性3人とすれ違った。

 青空が見えてきたと思ったら、鉄塔№350のところまで来ていた。見晴らしがいいので、景色を見ながらおにぎりを一つ食べた。さらにシダ類の中を進んでいくと、「経山城跡」との分岐があった。経山は全山縦走大会のルートには入っていない。しかし、ちょっと寄り道をしてみることにした。

 10分も登っていくと頂上に着いた。しかし、山城の跡らしいものは何も見当たらない。三角点にタッチして、すぐに分岐に戻っていた。すると、何やら白いものが落ちてきた。霰である。見上げると、いつの間にか空は厚い雲に覆われていた。少しスピードを上げて先に進んだ。

 車道に出て左折した。時折車が通る中を登っていくと、左手に「鬼の釜」という大釜が置いてあった。また「太一や」という有名なお店の入り口があった。この辺りで霰は雪に変わっていた。

 「鬼ノ城ビジターセンター」に着いたのは11時24分だった。休憩室に入っておにぎりを食べていると、雪がどんどん降ってきた。ここで改めて寒さを感じた。しばらくすると雪はやみ、青空が見えてきたので休憩室を出た。

 遊歩道を歩いていくと、再建された西門が見えてきた。ここからの眺望は素晴らしい。寒さを忘れて佇んでいると、何人かのハイカーの方と出会ったので挨拶を交わした。門を抜けて鬼城山の頂上に行った。三角点がないのがちょっと残念だが、景色を楽しむには充分である。遠く瀬戸内海が見える。以前登った常山、吉備の中山、金甲山などが確認できた。

 右手に景色を楽しみながら遊歩道を先に進んだ。南門跡まで来て時刻を確認すると12時10分頃になっていた。服部駅を14時2分に出る列車に乗ろうと思っていた。この先は以前も来たことがあるし、縦走大会の下見にはここまでで十分だろうと判断して引き返すことにした。

 「鬼ノ城ビジターセンター」まで戻ってくると、また雪が激しくなった。休憩所で小やみになるのを待って下山した。車道を歩きながら、道端に定間隔で立っている石仏の写真を撮ったりした。

 砂川公園まで戻ったのは13時過ぎだった。園内を見ていると、若い男性から鬼城山への道を尋ねられた。私は今、鬼城山から下山してきたところだと伝えた。私と同じで服部駅から歩いてきたという。YAMAPアプリの画面を見せて、私が歩いた登山コースと下山してきた車道を説明した。男性は車道を行くつもりだと言った。鬼ノ城を周回したいとのことだが、今から登ったとして下山時間は大丈夫だろうかと思った。しかも、一人で山に登るのは初めてとのこと。「頑張ってね」と声をかけたが、別れた後もずっと気になっていた。途中で振り返ると、また山が白くなって雪が降り続いているようだった。

 予定通り服部駅を14時2分発の列車に乗って帰ってきた。今回はあくまで「吉備路の山 全山縦走大会」の下見である。南門から先はまた後日、このブログに記載するつもりである。それにしても寒かった!