我が家の窓から、何本ものテレビ塔が立っている金甲山が遠くに見える。見えているのに登っていないということが、以前から何とも残念なことのように思えていた。金甲山の北にある怒塚山へは2020年2月、家人と一緒に登っている。頂上から金甲山が間近に見えた。今度来た時は、ぜひ金甲山への縦走をしようと思っていた。

 ウィークデーに休暇が取れたので、念願の怒塚山から金甲山への縦走登山に行くことにした。マルナカ郡店でおにぎりやパンなどを買い、そのまま県道45号沿いにある登山口まで移動した。

 10時28分、怒塚山への登山開始。しばらくは車の走行音が聞こえる中を登って行った。サクサクという落ち葉を踏む音が心地よい。中国電力の送電線に沿って登って行く。とても歩きやすい道である。20分くらいすると、前方から話し声が聞こえてきた。70代の男女10人くらいのグループが休憩していた。登山に慣れた方ばかりのようで、皆さん素敵な登山ウェアを身に着けていた。挨拶をして先に行かせてもらった。さらに10分後、60代半ばくらいの一人の男性が下山してきた。ヘルメットをかぶっていて、トレイルランをしているようだった。

 一度来た山なので、安心してスピードを出して登って行った。しかし、立ち止まってYAMAPアプリを見ると、ルートから外れていた。登山道は確かに続いているので、「おかしいなぁ」と思い、少し戻ってみた。他にルートらしい道はない。ちょっとウロウロして登ったり下りたりしていた。すると、さっき追い越した70代のグループが下から登ってくるのが見えた。先頭を歩く男性に、「こっちでいいですよね?」と聞いてみた。「ええ、間違いないですよ」とのこと。それなら、YAMAPで表示されるルートが古いということか。

 どんどん登っていき、11時11分、怒塚山(332m)頂上へ到着。樹間から岡山市街地が見える。ザックを下ろし、少し休憩した。家人と来た時は雪が舞っていたことを思い出した。70代のグループが来たら、道を教えてくれたことのお礼を言おうと思っていた。しかし、10分以上待っても来ない。仕方がないので、金甲山へ向かって歩き出した。

 ここからは初めて歩く道である。何度かアップダウンがあるが、歩きやすい道が続いている。落ち葉に足を滑らせないことだけを注意していた。分岐もなく、道に迷う心配もない。

 鉄塔127号を過ぎると、しばらく暗い樹林帯に入った。すると、唐突に左右の分岐が現れた。下を見ると三角点もある。すぐ横の木に「中ノ上 261.5m」という小さな表示が付いていた。左へ行けば中池へ下山ルートのようである。ここは右折して金甲山を目指した。

 クスノキの大樹を見上げながら歩いていると、金毘羅宮の鳥居が見えてきた。かつてはクスノキが伐採された歴史がある。しかし、この辺りは聖域のため、伐採を免れたクスノキが残っているという。祠の左の道を登っていくと車道に飛び出した。右折して歩くと、すぐに駐車場があり、OHKのテレビ塔が立っていた。さらにその先へ行くと、パッと瀬戸内海の景色が開けて見えてきた。12時17分、金甲山(403m)頂上へ到着した。

 金甲山は児島半島の最高峰である。国立公園に属しており、かつてここは瀬戸内海を望む観光地だった。名残の建物が今も残っている。展望台から70代のご夫婦が下りてきた。私を見て、「あんた、下から登ってきたのか、すごいねぇ。私らは車で来てもしんどかったのに」と言った。「2時間くらい歩いただけですよ」と答えておいた。

 展望台から見える瀬戸内海の景観は、想像以上の美しさだ。右手に瀬戸大橋、正面にぼんやりと四国の山々、左手には小豆島まで見えた。おにぎりを食べながら、しばらく瀬戸内海の景色を堪能した。周囲にはTSCやRSKなどのテレビ塔が立っている。我が家から見えたのは、このテレビ塔だったのかと思った。奥に二等三角点があったので、チェーンを跨いで中に入り、タッチしておいた。

 名残惜しかったが、12時44分に下山を開始した。すると、すぐに70代のグループが駐車場の方から来るのに出会った。途中でルートを教えてくれた男性にお礼を言ってすれ違った。頂上周辺の木々には、まだ紅葉が残っていた。

 金毘羅宮まで戻り、登って来た道とは違う「みつがしわ新道」を下山することにした。山と渓谷社発行の「岡山県の山」によると、みつがしわ山の会の地元会員の方が、2年をかけて踏み跡程度だった道を新道として改修・整備したものだという。あまり通る人はいないのかもしれないが、今回の登山でぜひ歩いてみたいと思っていた。

 トラバース気味に下山道が伸びていた。歩きやすい道である。途中、地蔵尊と林間コースとの分岐があった。木に小さな案内板が取り付けられているが、ここだけちょっと分かりにくい。左折して尾根を降りていくのが林間コースのようで、赤テープも付いている。しかし、地蔵尊の方へ前進することにした。

 明るい谷に出ると地蔵尊が立っていた。うっかりすると見落としてしまいそうである。さらに下りていくと沢があった。渡渉した先が林間コースとの合流地点だった。そこからは、ほぼ真っ直ぐな下山道だった。地蔵尊までの道は地元の人が大事にしているのか、きれいに笹が切ってあった。

 奥池が見えてきたと思ったら、左手に小屋のような建物があった。これが誠徳院だった。草の間に埋もれているように見える。しかし、なんだか独特の存在感があり、こんな建物を発見するのも登山の楽しみである。

 奥池の横を通り、中池も通過した。きれいな池だが水位は低かった。右手に城山という山があり、足を伸ばして登ってみようかと思っていた。しかし、里まで下りてくると風の冷たさが体に堪えたため、今回はやめておくことにした。次回来た時の宿題にしておこう。

 住宅街を抜けて県道45号に出た。再び登山口に戻ってきたのは14時13分だった。YAMAPアプリによると、3時間45分の山行だった。ウィークデーのためか、結局70代のグループとトレイルランの男性以外、会う人はいなかった。

 金甲山からの景色が素晴らしく、また季節を変えて訪れたいと思った縦走登山だった。自宅に帰り、登って来たばかりの金甲山を遠くに見た。今まで毎日のように見ていた山と少し違って見えた気がした。