☆キリエのうた

 岩井俊二監督&音楽・小林武史のコンビによる一種の音楽映画。主人公のキリエを元「BiSH」のアイナ・ジ・エンドが、歌うことでしか声が出せない路上ミュージシャンを熱演している。姿を消したフィアンセを探し続ける青年・夏彦役を北村北斗、過去と名前を捨て、キリエのマネージャーを買って出る謎めいた女性・イッコ役を広瀬すず、傷ついた人々に寄り添う教師・フミ役を黒木華が演じている。

 鑑賞前は3時間の上映時間が長いと思っていた。しかし、美しくて緊迫感のある映像の連続で、スクリーンから目が離せなかった。

 東日本大震災を描いた映画は何作か観てきた。しかし、この作品ほど真に迫った震災のシーンはなかった。映画を観ている私たちも、同時進行で同じ時間の地震を経験している気になったくらいである。

 出会いと別れを繰り返しながら彷徨う4人の壮大な物語。石巻、大阪、帯広、東京を舞台に、キリエを中心とした恋や友情、それぞれの人物の人生模様が描かれる。私の中では「傑作」と言っていいほどの出来栄えである。鑑賞して1カ月以上経ったが、いまだにキリエの歌声が胸の中に響いている。

 何か所か嗚咽しそうになるシーンがあった。それはキリエの少女時代である。あんなに哀しく魅力的に少女を演出できる岩井俊二監督には脱帽するしかない。今年観た実写映画の中では間違いなくナンバーワン!

☆ゴジラ-1.0

 ゴジラ生誕70周年作品で、日本で製作された実写のゴジラ映画としては通算30作目になるとか。「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズや、「永遠の0」などの話題作を手がけた山崎貴が、監督、脚本、VFXを手がけている。

 主役は神木隆之介、ヒロインを浜辺美波が演じている。この二人はNHKの朝ドラ「らんまん」では夫婦役だったことが記憶に新しい。その他、山田裕貴、青木崇高、吉岡秀隆、安藤サクラ、佐々木蔵之介などの実力派の役者が映画を盛り上げる。

 原点回帰というか、とにかく怖いゴジラである。特に海の中で船を追ってくるゴジラの表情は凄味がある。この怪物が終戦後の日本にやってきたらと思うだけで恐怖である。山崎貴監督の集大成ともいえるVFXの効果は抜群だ。この映画のゴジラの造形だけでも一見の価値あり。過去の作品へのリスペクトシーンもある。ただ、終戦後も戦争の影を引きずって生きていて、どうにかして自分なりの戦争を終わらせようともがく主人公の人物像は、何度も映画やドラマで見たことがある。また、浜辺美波演じる典子の生死は、ストーリーの先読みとして簡単に想像がつく。ここはもうひとひねりしてほしかった。それに、いくら何でもきれいすぎる。

 やっぱりゴジラは日本人が作った映画に限る。伊福部昭作曲の「ゴジラのメインテーマ」も効果的に使われていた。この曲を聞かないとゴジラを観た気がしないというもの。個人的には「シン・ゴジラ」よりも数段面白かった。山崎貴監督は映画のツボをよく心得ていて、どの作品も観客の期待を裏切らない。2~3年後、「山崎貴監督でもう一作ゴジラを」と思ったのは私だけだろうか?

☆首

 日本が誇る世界の巨匠・北野武監督の最新作。構想から30年を経て完成させたとか。日本人なら誰でも知っている「本能寺の変」を題材にしている。しかし、そこは北野武監督だけあって、今まで映画やテレビドラマで描かれた「本能寺の変」の常識を覆す世界になっていた。

 テレビでは絶対に描けない斬首シーンが何度も登場する。首が落ちて、残った体が前のめりに倒れるところ、首がなくなった後の体の断面など、見たいような見たくないような…。また、男色というかボーイズラブのシーンが何度も登場する。男色は武士同士で多かったというが、こんなにあからさまに描かれた作品は他にないだろう。小姓の森蘭丸は単なる美少年ではないとは知っていたが、信長の相手をするシーンはちょっと衝撃的だった。「R15+」に指定されるのは仕方がないだろう。

 北野作品独特のバイオレンスシーンが何度も登場する。ただ、キレたような信長を演じる加瀬亮は、ちょっとやり過ぎの感あり。北野監督が一番感情移入して描きたかったのは、中村獅童演じる百姓の茂助ではないだろうか。首に翻弄される生きざまが可笑しくて哀しい。

 北野武監督が自ら主演で秀吉を演じている。体型的にはどう見ても家康と言ったところ。役者・ビートたけしは活舌が悪すぎて聞き取れない台詞もあった。スタッフも他の出演者も誰も文句は言えないのだろうが、これはいかがなものか。

 北野武監督作品なので、役者の皆さんは喜んで出演を承諾しただろう。それぞれの役を生き生きと演じていた。岡山在住者の私としては、備中高松城の水攻めを再現してくれたのが嬉しかった。地元では切腹した城主の清水宗治は名君として知られている。水の中に落ちた主君の首を取り戻すために、家臣が水に飛び込むシーンは可笑しいけれど笑えなかった。

 信長の本能寺での最期や、明智光秀の首をめぐるラストシーンなど、あくまで北野武監督が描く戦国絵巻である。これを面白いと思うかどうか、観た人の判断は分かれるだろう。私は30年前、若き北野武監督に撮ってもらいたかったと思った。