9月29日(金)、半年続いたNHKの朝の連ドラ「らんまん」が終了した。私は全ての回を録画して見た。高知県出身の植物学者・牧野富太郎の人生をモデルにしたオリジナルストーリーである。主人公の槙野万太郎を神木隆之介が、槙野の妻の寿恵子を浜辺美波が演じた。以下はドラマファンとして見た雑感である。

 実際の牧野富太郎は、とんでもなく破天荒な人物だと言われている。ドラマでも、槙野万太郎を破天荒な人物として描くと期待していたところがあった。しかし、万太郎の少年時代から、気弱で繊細、かつ病弱な人物として描いていた。

 万太郎の実家は、土佐の佐川村の造り酒屋「峰屋」である。明治時代になり、万太郎は土佐藩の学問所「名教館」に通う。武家の子息でない万太郎はバカにされるが、学頭の池田蘭光から教えを請い、学問を志すきっかけとなる。維新直後の地方の変化を描いていて、この万太郎の少年時代は興味深かった。しかし、坂本龍馬が出てきたところだけはわざとらしかった。

 少年時代の万太郎に影響を与えたもう一人の人物は、祖母のタキである。万太郎は峰屋の跡取りなので、タキは万太郎の植物好きを当初は快く思わない。しかし、決して頭ごなしに反対しない。むしろ熱中するものを見つけた万太郎を応援するようになる。峰屋も万太郎の姉の綾(佐久間由衣)に継がせる決心をする。タキを松坂慶子が演じることによって、ドラマ全体が引き締まった印象だった。万太郎のお目付け役の竹雄(志尊淳)の存在、自由民権運動家の早川逸馬(宮野真守)や中濱万次郎(宇崎竜童)などとの出会いも印象的で、この土佐編がとても良くできていた。

 東京で万太郎は、生涯の伴侶となる寿恵子と出会う。ここからがいよいよドラマの中心となる夫婦の愛の物語である。十徳長屋の個性的な住人達とのやりとりが印象的だった。そして、東京大学植物学教室の教授・田邊(要潤)や、学生の波多野(前原滉)や藤丸(前原瑞樹)との出会いを経て、万太郎は本格的に植物にのめり込んでいく。

 日本の植物学がどう切り開かれたのか、万太郎が植物学に果たした役割はどういったものだったのかを、ドラマはきちんと描いていた。事実、牧野富太郎という名前は知っていても、植物学の歴史を知っている人は少ないだろう。新種の植物に名前を付けるということが、どれほど名誉で凄いことなのか、初めて思い知った次第である。万太郎と田邊との確執は、いかにもドラマという感じだったが、本当にあんなことがあったのかもしれないという気がした。

 万太郎と寿恵子の願いは、日本の植物が全て載っている図鑑を完成させることである。あの時代、採集した植物の絵を手書きで描き、全てに解説文を付けるということがどんなに大変だったことか。せっかく苦労して集めた植物標本が、関東大震災で失われてしまう。しかし、万太郎は諦めない。寿恵子と力を合わせて一からやり直そうとする。この辺りから夫婦の愛の物語としてのドラマが一層盛り上がった。鉄道が敷設される前の渋谷が、あんなに田舎町だったとは、視聴者の誰もが驚いたのではないか。

 綾と竹雄夫婦の新しい酒も、寿恵子が病気のため編纂を急いだ植物図鑑も、今まで万太郎と係わった人たちの協力を得て遂に完成する。ドラマとしてはこれで完結だろう。

 ラストシーンは甘いと言う人もいるかもしれない。しかし、万太郎と寿恵子が縁側で抱き合うシーンを経て、万太郎は寿恵子が願った通り、再び植物採集に出かける。植物の中に若き日の寿恵子がいて、万太郎もまた若くなっている。脚本の長田育恵さんは、ロマンチックで素晴らしいラストシーンを用意してくれた。

 実を言うと、このドラマで私が一番泣けたのは、綾が峰屋を継ぎたいと言ったシーンである。女性は「汚れている」と言われ、酒蔵に入ることさえ許されなかったあの時代、綾は家族、親戚、峰屋で働く人たち全員がいる中で、峰屋を守るために跡を継ぎたいと言う。「未来永劫、女は酒造りができないのか…」と泣きながら訴えるシーンである。佐久間由衣の演技は見事だった。

 破天荒なストーリーのドラマを期待したが、それではNHKの朝ドラにはならないだろう。主演も神木隆之介ではなくなってしまう。子役からの経験を経て、神木隆之介は一皮むけた役者となった。浜辺美波は、美しくて気丈だが、儚げな寿恵子を見事に演じていた。終盤の老けメイクだけは注文を付けたい。神木隆之介と浜辺美波は、11月公開の「ゴジラ-1.0」でも共演している。二人のこれからの仕事ぶりに注目していきたい。

 余談だが、このドラマでもキラリと光る若い役者が何人かいた。その中で私は、田邊教授の妻・聡子を演じた中田青渚に注目した。凛とした美しさがあり、これから期待大である。