今年の夏はたまらなく暑い。それでも何とか山登りに行こうと思った。県北で人がいない山、3時間以内で戻って来られる山を考えた時、ふと思い浮かんだのが真庭市の三坂山である。この山には4年前、一度だけ行ったことがある。どうせ行くのなら、以前とは違うことをしてみようと思ったりした。
旧久世町の中心街を抜け、足尾滝の奥の駐車スペースに着いたのは9時半頃だった。他の車はない。こんな暑い日に三坂山に登るもの好きは、私くらいしかいないだろう。
車から出て空を見上げると、雲に覆われていた。山は霧がかかっていて、上部は白くなっている。このまま登っても、頂上からの眺望は望めそうにない。三坂山はやめて、別の山にしようかと思った。10分くらい待っていたが、霧が晴れる気配はない。しかし、今日はこの山に登ろうと思って来たのだと思い直し、出発の準備をした。
歩き始めたのは9時42分である。夏草が生い茂る中を進んで行く。倒木があったりするが、気にするほどではない。案内看板が設置されているところで右手の道に入って行った。この山に登る人はそう多くないと思うが、登山道は整備されていて歩きやすい。
「七曲がり」という案内板を過ぎた頃から霧が立ち込めてきた。見上げると樹間が白くなっている。この霧がいつか晴れるだろうと期待しながら登って行った。
稜線に辿り着いたのは10時17分だった。右に行けば昨年11月に登った摺鉢山に続くはずである。しかし、YAMAPにはそのルートは示されていない。ここは左折して予定通り三坂山に向かうことにした。
徐々にヤブが現れてきた。しかし、行く手を阻むというほどではない。しばらくすると展望岩がある。ここからの眺望は素晴らしいはずだが、相変わらずの霧で遠くを見渡すことができない。
少し下りながら歩いて行くと、十字路の三坂峠に着いた。すぐ下に道祖神がある。右へ行くと湯原の釘貫へ続く大山みちである。ここは直進して三坂山の頂上を目指す。
樹林帯の中を進んで行く。道がヤブで覆われているところもあるが、すぐに抜けることができた。4年前に来た時、この辺りで人とすれ違ったことを思い出した。誰もいないと思っていたので、お互いにびっくりしたものだ。あの時は秋だったので、落ち葉を踏む音が心地良かった。同じ山でも季節によって表情が随分違うと思った。
相変わらず霧が立ち込めていて、景色を見ることができない。小ピークの先のヤブが一番面倒だった。その先は急な登りである。確かな足の置き場所を確保しないと、滑り落ちてしまいそうだ。もうひと踏ん張りだと思いながら登って行く。
10時45分、三坂山頂上に到着。三角点にタッチしたが、横に立っているはずの頂上標識は倒れていた。少し離れたところにあるもう1本の標識は立っていた。周囲を見渡したが、相変わらずの霧で眺望はなし。4年前は大山、櫃ヶ山、摺鉢山へ続く稜線まできれいに見えたものだ。今回は仕方がないだろう。
ザックからおにぎりを出して食べた。食べている間にも、アブや蜂などの虫が周りを飛び回っている。刺されないように気を付けた。
約20分頂上に滞在した後、南の登山道を下山した。途中、眺望が望めるところから遠くを見た。すると霧が晴れてきて、さっきまで見えなかった摺鉢山への稜線がきれいに見えた。この日、一番の景色だった。
きれいな杉林の中を下って行く。4年前に来た時にも思ったが、この杉林の中の道が不明瞭である。赤テープも見当たらないことが多い。三坂山の登山ルートで、道に迷うとしたらここだけだろう。
11時16分、十石茶屋跡に到着。江戸時代、三坂山を越える旅人のために茶屋を開いた。その茶屋は明治40年頃まであったという。詳細を書いた案内板があるが、倒れていた。また、隣の石柱に何か書いてあるが読めなかった。
ここからはほぼ水平の道を通って道祖神のある三坂峠に戻ることにした。とても歩きやすい道である。しかし、倒木を踏み越えた時、右ひざを枝にぶつけてしまった。痛いと思ってズボンをめくってみると、血が滲んでいた。
三坂峠は鞍部になっているので、風が吹き抜けていく。かなり汗をかいていたので、しばらく風に当たりながら体をクールダウンした。ずっとここにいたいくらい気持ちが良かった。水分補給し、もと来た稜線を摺鉢山への分岐のところまで戻った。
実を言うと今回、ここから去年11月に行った鋸歯ノ仙へ向かい、「足尾様」と呼ばれる石仏まで辿り着きたいと思っていた。そうすれば摺鉢山から三坂山への縦走ルートを全て歩いたことになる。きちんとしたルートはないが、笹の間に踏み跡が続いている。思い切って行ってみることにした。
すぐに急な登りがあったが、何とかなりそうだった。約15分登り、YAMAPアプリで地形を確認すると、もうすぐ稜線というところだった。しかし、私は立ち止まった。ここから鋸歯ノ仙を往復すると、1時間半から2時間の時間がかかるだろう。疲れは感じなかったが、暑さでかなり汗をかいている。これ以上先に進むのは、ちょっと危険な気がした。めったに途中で登山を中止しない私だが、心のどこかで「今日はやめた方がいい」と言っている自分に気づいていた。
もと来た道を下山した。車のところまで戻ったのは12時35分だった。3時間弱の山行だった。鋸歯ノ仙へ向かわなかったら、2時間半といったところだろう。見上げると、空には青空がのぞいていた。山を覆っていた霧も、すっかり晴れているようだった。今回の登山も、山の中で誰にも会わなかった。
ウェアを確認して驚いた。インナーもアウターも、汗でぐっしょりになっていた。首に巻いていたタオルは、絞ると汗が滴った。キャップの庇からはポタポタと汗が落ちている。これは山中で熱中症にならなくて良かったというレベルである。やはり途中で引き返したのは正解だったと思った。
鋸歯ノ仙への縦走ルートを歩くという宿題が残った。季節を変えてまた来ようと思った。次こそ「足尾様」のお顔をもう一度見るつもりである。