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月影考記

日々の発見と学びについて書いています。
歴史、地元、本、旅、ニュース関連の話が多いかと思います。
ちょっとはまともなことを書きたいが、無駄話に終始するかも。

名古屋のイメージは? ブログネタ:名古屋のイメージは? 参加中
本文はここから


近畿の人間にとって名古屋は遠いイメージがあると思う。
新幹線で行く都市だし、近畿の大阪、東海の名古屋というイメージが染みついている。
でも、実際にはかなり近いというのが現実である。
特に滋賀県からだと大阪と実はそれほど変わらない。

私の家からだと車で1時間、普通電車を乗り継いでも2時間30分ほどで名古屋に着く。
大阪は電車で2時間ほどである。
大阪側は新快速があって、名古屋側は本数が少ないことを考えるとそれほどの差ではないと思う。
どっちも遠いと言われてしまうと、そのとおりなのだが、田舎なのでしょうがない。
ちなみに滋賀県の東の米原駅から新幹線に乗ると名古屋の方が短い時間で着いてしまう。

滋賀県からなら名古屋は充分に行動圏内である。
普通電車で名古屋に野球のナイターを見にいったのだが、日帰りで帰ってこれてしまった。
心理的には遠いので、やっぱりちょっとした驚きがあった。
「ちょっと味噌カツを食べに」という気分で十分行けるのである。

こういう風に印象より近いという話はいろいろ出てくるのだが、どうしても前提が遠いことになている。
やはり近畿と東海の境界を越えるところが交通が不便になっているからだろうか。
電車だとどうしても大阪方面の方が便利である。

そんな感じで私の名古屋のイメージは「意外と近い」である。
台風4号が近づいてきている。
今回は珍しく滋賀県にもかなり近づきそうな予報になっている。
外を見ると風もかなり強くなってきて木の枝が揺れていた。

昔から台風が近づくとなぜかテンションが高くなったように感じる。
たぶん危機意識が精神をたかぶらせているのではないだろうか。
こういう感覚の人はそれなりにいると思うのだが、実際に聞いてみたことはないのでよく分からない。

それで何かと情報を得ようとしたり、ちょっと見に行きたくなったり、勝手に想像を広げたりしている。
どちらかというと、こういう日に川に流されるタイプの人間だと思う。

でも、普段は完全に臆病な人間なので、実際に何かが起こってしまうとあたふたして終わってしまうのだろう。
だから実際にはちょっと外を見てみるだけで川に行ったりはしない。
せいぜい終わってからどこが変わったか探してみるぐらいである。

そんなちょっと浮ついた気分で様子を見ている。
たぶん、もうちょっと落ち着くべきなのだろう。
私は普段こういう本は読まない。
現状に危機を持った方が良いというところは理解できるのだが、私には検討のしようがないし、主張は似ているし、選びようがない。
それでも、1975年の論文が今注目されていると聞くと読んでみようと思ってしまった。

本文は1975年に文藝春秋に掲載された論文である。
内容は当時の日本社会にある没落の兆候を、ギリシア、ローマの没落の原因との比較で論じている。
国家の滅亡には外部の問題よりも内部の問題が大きく影響しているという話や、「パンとサーカス」による大衆への人気取りがエスカレートしていく様子など、今でも当てはまるようなことがたくさん書かれているというのが興味深かった。

この論文が書いていることには納得できる部分が多かった。
ただ、最初に書いたように私はこういう論文の評価ができる人間ではない。
この論文の場合はすでに発表から時間がたっていることや、現在の視点から何人かの人の解説が載っていることで、そういうことまでなんとなく分かるのが良い。
少なくとも当時と今とで問題は大きく変わっていないことは私にもわかった。

個人的には補論の「ローマの没落に関する技術史的考察」というのがとても面白かった。
簡単にいえば、ローマの奴隷制や当時の輸送手段の問題でローマでは技術革新が起きず、輸入に頼る経済になってしまっていったという事になる。
これは単純に私の知らなかった考え方であると同時に、どこか今の日本にも通じるような気がする。
どこがどれぐらい共通するのかというのは私には明確には分からないのが残念なことである。

そして、本文よりもこっちに興味を持ってしまった私はやっぱりこういう本を読むのには向いていないのだろう。

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