Chiaraの部屋

Chiaraの部屋

これから書くことは、私がイタリア中毒(略してイタ中)になっていく病中日誌です。98年から発病。今や重体になってしまっているのですが、イタリアを愛することに飽きることはありません!一番の望みはこれを読んでくださった方が、私と同じイタ中になってくれることです!

少しずつ、 更新していきます!


ちょこちょこ 遊びに来てください☆

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先日、「幸せのちから」で来日していたウィル・スミスが、自分の息子が劇中でも息子役をしており
インタヴューで”彼は役者としてすばらし才能と実力を兼ね備え尊敬に値する”と答えていた。
私はさすが黒船様”ちゃんと身内を褒め讃える!”と納得していたが、
ある報道の記事を読むと”息子べた褒めの親バカぷり!”と書いてあった。
確かに日本人の発想にはない発言だ。


私も初めて聞いた時、どんだけー!と思った。
今は沢山の黒船様方と交流してきてそれは当然の事と認識出来る様になったが、


当時は・・・
私の黒船様2号ことマルコとも打ち解けてレッスンの後”やきとり黒船”で呑みニケーション!
たどたどしい伊語と日本語と英語で会話、家族の話題となった。
”ボク ノ アネ ハ ビジン アタマイイ ヤサシイ”と黒船2号
私「・・・」うそ、こいつ、ねーちゃん褒めてるよ!
どんだけシスコンよ~~!!!
と思っていたら、
“ボク ノ ママ サイコウ!”とママまでべた褒め!

おいおい!!
そして、輪をかけて、”パパ モ サイコー”とのたわまく・・・


身内そこまで褒めるってどうなんだよ。こっちが、何故かテレるじゃないか・・・衝撃のカルチャーショックだった。


うちの弟が、私の事、外国人に出会ったらこんな風に褒めてくれるかな??それは・・・たぶん無理だろう・・・
なんかちょっと黒船様方が羨ましい。と思う私自身は、身内を褒める事が出来るだろうか?
これも国際人になる為には、必要なことなの?訓練しなければ・・・


同じアジア人の韓国のお友達も身内べた褒めだった。シルクロードでいろんなもの伝わってるのに、
これだけは、韓国が、終点みたい。
21世紀だけど日本にいつ伝わってくるのか・・・・永遠に無理???

今や一家に1台パソコンがある時代だが98’年当時は会社にあるモノだと思っていた。
まだ、ワープロってモノが現役で幅をきかせていた。
でも、じわじわとE-MAILやHPのアドレスが色んなところに掲載されていた。
私もイタリアに留学するならパソコンは、必須だと感じていたが、しかしまだまだ庶民には高嶺の花。
そんな時、携帯を買い換える事になりDocomoショップに行った。
ちょうどキャンペーン中で、ポケットボードなるものが、おまけ?!格安で買えた。
その頃やっと友人達がほぼ携帯持つようになったが、ショートメッセージがハシリで、
携帯にメルアドはなかった。
ポッケトボードにはメルアドがあり、パソコンなくてもMailのやりとり出来るとあったので、すぐに購入した。


そのころ、カッテリーナから手紙と写真とイタリアンポップスを編集したテープが送られてきた。
そこには、彼女のメルアドが書いてあった。
早速、すごーーーーく時間をかけて伊語でお礼文を考え、右手の人差し指だけで、間違わないように
1文字ずつ打ち込んで、それは、本当に気が遠くなる作業だった。


遂に送信ボタンを押す時がきた。それは、世界は1で、そんなに遠くないと思わせる瞬間だった。
送信ボタンさえ押せば瞬きしてるまいに海外に届くなん、子供の頃には思いもしなっかた。


指きたす時代の到来を実感じた(遅すぎ?)


こうやって私もボード君も初仕事は海外メールになりました。
北九州にいる私に頼もしい相棒としてボード君は活躍してくれました。
留学をしようと本当に真剣に考えていたのだが、
英語圏ならここにもサポートしてくれるところもあるが、伊語は、関東関西にしかない。
資料請求や質問、疑問をしたいがTELは、日中仕事をしているのでしずらいと悩んでいたけど、
ボード君は、私の留学する為の大事なツールになった。めぼしい留学サポート会社と連絡した。
北九州には情報も少なくイタリアってなんて遠い果てにあるんだろうと思っていたけど、
このことで、少し近くなってきた気がした。

今はなき、小倉に某Sデパートがあった頃、特別開催にカメオの職人さんを発見。
当然、伊人だ!
生伊人は、そうそう北九州では拝めないので、また遠まきから見ていた。
前を通ると”Ciao”と掛けて下さる。


こんなチャンスないんだから”Ciao”くらい言ってみ悪魔が囁く。
しかし私はヤマトナデシコそんな恥ずかしい事できるわけない。
でも挨拶されたらシカトするんじゃなく、こちらも挨拶するのが礼儀で
”一礼”

でも気になるので、デパート中ウロウロ・・・ウロウロ・・・

また悪魔が囁く
「恥じらいを1つ私に売ってくれないか?そのかわり伊語を話せるチャンスをあげよう」
イタ中の私は易々と悪魔に差し出した。


私は勇気を振り絞り職人の前へ行き”Ciao”と言った。
伊人職人は、優しく微笑み”Ciao”と言ってくれた。


勿論、通訳の方がついていらしたので、
私が「イタリア語勉強始めたばかりなんです。」と言うと・・・
通訳の方が、伊人に言って下さった。
すると


Come si chiama?(お名前なんとおっしゃるのですか?)」と言った


私は、
Mi chiamo Chiara.Piacere!私はChiaraです。はじめまして!)」
と言うと、


Piacere mio!Sono Antonio(はじめまして!僕アントニオです!)
perche’studia l’italiano?
(どうしてイタリア語を勉強されているの?)」と聞かれた



Mi piace ITALIA!イタリアが好き)」と答えた。


これが生粋の伊人とはじめて交わした記念すべき会話だった。
悪魔に恥らいを売ったから出来た。

友人や親に、伊人と初めて会話出来て嬉しかったので、その話しすると「恥ずかしくないの?」と言われた。
そんなもん顔から火が出るくらい恥ずかしいに決まってるじゃん!!!!

でも、伊語が出来るようになりたいなら、それは、いらないモノである。
私の中のウエートは、恥じらいイタリア語上達だから・・・
私の恥じらい、どこまで売れば上達するんだろうか・・・・・

やっぱり、勇気がいる。初対面の人にTELするのは・・・ドキドキする。
でも、カッテリーナの時よりは、すんなり出来た。
私も外国人慣れしてきたのかな・・・
今度のレッスン場所は、小倉の某Mバーガー。
マルコは、日本語覚えたいから、「タダ デ イイヨ」と言ってくれた。


私はまるで小1レベルのような伊語の日記が課題でした。
(朝7時に起きて、仕事に行き、夜ご飯を食べて寝ました。とか・・・)


それを、黒船様Ⅱ号に見せたけど、いっぱい いっぱい いっぱい間違えてて、
日本語は、あまりわからない黒船様Ⅱ号と英語×伊語は、ヨチヨチ赤ちゃんレベルの私・・・

それは、すごい授業だった。
それは必死ジェスチャーとか、顔が引きつる位オーバーな顔の表情とかとか、使える物は、全て”駆使”した。これははたして伊語のレッスンと言えるだろうか?

周りから注目の的だった。でも、そんな事気にしてはいられないくらい死にもぐらいだった。

背に腹は、換えられぬ!悪魔に少しずつヤマトナデシコの恥じらい魂と交換に語学を身に付けるしかない。


語学を学ぶ時は、絵とかジェスチャーが上手だと上達も早い!
と思われる。
今度は、色鉛筆持っていこう!

それは、突然やって来た。

「ワタシ ライゲツ アメリカ ニ カエル」


寝耳に水だ・・・・
せっかく、黒船様の罵倒にも慣れつつ、外コンである私を楽しみつつ、黒船様と呑みにいったり、
伊語CDを貸し借りしたりと、友情を育んできたのに・・・・
伊語は、誰から習えばいいの?


「なんで?ホームシック?さみしいよぉ・・・」と言うと・・・


「ウン~~ニホンゴ デモ イタリアゴ デモ コノ キモチ ユウ ムズカシイ キタキュウシュウ
Cosmopolitan ナイ」


かなりショックだった。
私に郷土愛があったんだって、この事で気が付いた。

我が街北九州市は、一応百万都市で政令指定都市である。適当に都会で、おまけに山も海もある。温泉だって、ドライブがてら日帰りで、思い立ったらいつでもいける位、近くにある。
食べ物だって安くて美味しい。住みやすいと思うが・・・。


でも、やっぱりどっこか、あか抜けない。
どうしてだろう??


その頃、友人と二人で二都物語を旅行した。
神戸では、CDショップには、伊語のポップスが選び放題、買うのに迷う位。
TVでしか見た事のなかった、エスプレッソやパニーニやアランチャロッソにジェラート、ポルチーニ等ナド・・・普通に食べれるし、
イタリア人も沢山住んでる。


京都では、わんさか伊人が観光に来ていたし・・・
本屋には、伊語の参考書もこれまた、迷うほどだった。


関西の大学の第二外国語には伊語が当たり前の様にあるらしい。
(北九州の大学は、調べた時は1校もなかった。福岡も・・・)


なんで、たった新幹線で3時間弱の距離なのに、こんな格差があるのだろうか?


北九州にも、もっと外国人が根付く様になったらいいのに・・・
どうすれば、みんなに魅力的な街になるのかなぁ・・・・

やっぱり、日本人にも外国人にも”北九州て良いとこだね”って言われたい!
北九州は、すぐには変えられないので、まずは、私からホスピタリティを持とう!外コンとか言ってる場合じゃない!とか考えてると・・・


「アナタ ニ マルコ オシエル」
と彼女が言いました。
マルコは、英国人だけどお母様がイタリア人らしくバイリンガルらしい。
そう言って私に、彼の携帯番号を渡してくれました。
ちゃんと後任まで考えてくれるなんて、黒船カッテリーナ様もいいところあるね!

お別れ会の日久し振りに泣きました。頑張って伊語で手紙書きますと・・・

北九州には、毎年夏に(お盆くらい)関門花火大会がある。
黒船様に誘われた。


「ウミ ノ ウエ ハナビ ミマショウ。ワタシ ノ トモダチ フネ カリタ ユカタ キテ イキマショウ。
ユカタ キレマス?」


そんなもん、いつも保管から着付けまでオカンまかせ。
たたむのも私にとって、難しい事。


「私はいつも 母に着せてもらう」と言うと・・・


「ナンデ?キモノ ニホン ノ フク ナノニ キレナイ?」


なにいってんだか・・・もう21世紀だよ。そんなこと当然じゃん!?


「今は、みんな洋服ばかりだし、着物持ってない人だって沢山いるんだよ。」


オカシイヨ ミンゾクイショウ ナノニ キレナイ ナンテ」と、お嘆きの黒船様。

昔と違って生活様式も欧米化・・・
これも、ペリー総督のおかげだちゅうの!
着物で生活なんて、ありえないでしょ?

衣食住周り見わたせば、まさに欧米化の嵐。そんなライフスタイルが普通。
このままだと、今も昔も流されやすい日本人だけに、日本文化が消滅してしまうかも。

やっぱり”浴衣”さえ着れない私は、日本人として恥ずかしいかも。

でも、あまりにも横文字スタイル生活をエンジョイしてる為、
なにが日本ぽい(←って言うのも変か・・・)
日本人ってナンダロウ?日本の物ってナンダロウ?


私、日本の事何もしらない。
イタリアを知って日本を知りたくなった。

きっと、外国に行ったら、色々と目玉飛び出るようなこと、質問されるんだろうな。
日本語でも語れない事、外国語で答えられるものじゃない。知らなきゃ、もっといろんな事を!


伊語勉強だけじゃなく、知的好奇心までも、持たせてくれる、黒船様とイタリアに感謝!

帰りに、ちょっと図書館にでもよってみるか・・・
浴衣も着れる様に練習しよう!

私の黒船様は、ここから本領発揮だ。


とりあえず、出席者着席し、乾杯とプレゼントのお渡しの儀式を行った。

みんなどれもキレイに包装されていた。


しかし、黒船様はウルトラマン怪獣の様に豪快大胆破壊しながら開けていかれる。


話しには聞いていたが、ライブで見るの初めてだったから”リアルにやるんだぁ!”とびっくり!


日本人が綺麗に折り目正しく包んだ苦労はなんだったんだろうか・・・


それとも黒船様には、過剰包装なわけ?


外国には包む文化は、ないのかな?


まぁそれは、良しとしよう。



儀式が終了する頃位から、だんだん店が、にぎあいだしてきた。
私の黒船様の友達が、別口でやってきた。


彼女は悪ぶれる風もなく他のテーブルへ移動。
残されたのは、ほぼ初対面の日本人主を無くしたお誕生日席。


一時、沈黙・・・・・・が流れ、たじろぐばかりの私たち。


誰彼ともなく溜め息
”ありえないでしょう・・・主賓のいないパーティなんて”言う心の叫び声が、
アイコンタクトされる。

一同頷く。


結局彼女は戻らずじまいで蝶の様にひらひらと友達のいるテーブルを周る。

私たちのテーブルだけ盛り上がることなく、どんよりとした空気が取り囲む。
それに反して、周りのテンションはノリノリ!


なんてコントラストだ!


これも文化の違い?


1億総恥ずかしがり屋の日本人が初対面の人と盛り上がれないのが、問題なのか?


それとも、私の黒船様の性格ゆえなのか?


なんだか今日は、カルチャーショックの雷にうたれすぎて、ほとほと疲れた・・・
国際人になるの楽じゃぁないね。

私の黒船様は、8月がお誕生日
そのパーティに誘われた。


プレゼントは、何が良いかすごく悩んだが、
やっぱり日本らしいモノでしょう!と思い・・・扇子にした。


それを手にパーティの場所に向かった。
そこは、北九州に住んでる外国人に人気のバーとクラブがミックスした様なお店だった。


彼女は、もうそこに着いていて、私を迎え入れつつ
私の顔に、黒船様の顔が近づいて来た。


まさにKissの距離感だった。

一瞬だったが、その間、私の頭はフルスロットルで回転していた。
日本人としては、ありえない距離感、外コンの私に心の準備もなしに・・・
とまどい、どうなっていくのか・・・


そっか!これがHugってやつ。外国式挨拶なんだ。
そう言えば中学ン時、男子が「kissは外国では挨拶。kissなんてしても大丈夫」
って言ってたけ・・・
”なにが大丈夫なんだろう(笑)でもその頃、私は真剣にkissしたら赤ちゃんできると信じてた。”


そ・ん・な・ことより!!
Hugってどうすんのよ!!!!!誰か教えて!

ほっぺに”ちゅう”だっけ??????
でも私、口紅付けてるから彼女についちゃうよ・・・
どうする私?!


もうそれ以上考えるヒマもあるはずもなく。
エイッっておもいっきって両頬に”ちゅう”をした。

みごとに彼女に私のkissマークがついた。


はぁ~~知らないって怖いね・・・

お気づきの様に元来Hugとは頬と頬を重ねるもの。


世界狭くなったとはいえ、、挨拶がこうも違うと・・・なんでも場数踏まないきゃ上手くいかね~て事。

中学の英語のLESSON1は、頭にではなく、Hugの仕方教えないと!!
身に付けさせないと国際社会に出遅れる。
(タイムマシーンがあれば中学生の私にkissとHug違うぞぉ!て教えたい。)


ほんの1~2秒の事なのに、こんなに長々とかいってしまったが、これが私のファーストHugです。
ファーストkissの時の事、書けって言うわれてもこんな長く書けないと思う。
それくらい本当に衝撃的な、カルチャーショックの洗礼だった。

しかしこれは、ほんの序曲。
このパーティでのカルチャーショックはこれだけでは終わらなかった。

初夏の気配が、心地よい頃
チョッとした挨拶や動詞の活用ルールが分かり始めた時の事
私に黒船様が、伊語で質問されました。

”Che cosa fai bello oggi?”
直訳すると「今日はどんな美しいことするの?」となります。


当時、私は、額面とおり受け止め、その質問に答えようと頭をフル回転させていた。

「美しい事?」黒船様のお国じゃぼらんちあなんてもんが、はやっとる(?!)と聞くんで、その事じゃろうかの~????

日本の四字熟語で言うところの”一日一善”みたいな事なのか、はたまた小学校の頃やっていた”今日の目当て”的なこと??
そんなこと、もう何十年ってやってないし考えたこともねぇーっうの・・・とフル回転させすぎ
ショート!!返事に困っていると・・・



彼女は・・・”私はね~♪”って今日のスケジュールを伊語で言い始めた。それは、”今日の目当て”も”一日一善”的事項も何一つ無く淡々とただそれだけだった。

単なる”Che cosa fai oggi?”てことじゃん!!


じゃあ あの”bello”=「美しい」と言う言葉は何??

日本人って「美しい」とかそう簡単に」出てくる言葉ではないので、惑わされた。

もちろん後々文法にも惑わされることになる。



Bello(:形容詞なので主語がか単数か複数かで語尾を変化させるのです。
本当に伊語はイケズですよね)


今では、イタリアの街を歩けば老男若男が私に”Ciao bella!!”と言うし、もちろん
私以外の老女若女にも同様に”Bella”の大安売
をしてる事にも惑わされる。

惑わされてばかりの”bello”だけど、なんだか”bello”が付くと嬉しい気がするのは、私だけ?



プラス)言霊だからかな?だから私も”Che cosa fai bello?”って言う事にしてるの。
だって言葉に華があるって言うのか、星の様にキラめいてる(?!)文章言っている感じ、ネイティブに喋ってるって感が味わえるのが良いのよね~。(自己満足だけど)


”bello”自体に意味はないけれど、有と無とじゃぁ大違い。
ちょっとした言葉のアクセサリーなんだよね。
日本語って、言葉を削って削ってそこに奥深さや余韻を残すけれど、伊語は、つけてナンボヤ!!

てことは・・・その分 語彙のアイテム増やさなきいけないってことだよね・・・
ヒィェ~~~~~~~~~~~~~~~(泣)


最近は、伊語で外国人の友達にメールする時は日本語ではとても書けない様な、ちょっぴりオーバー表現で書いて楽しんでいる”一億のキスを”とか”私の○○さんへ”とか・・・(男女問わず)だってそういう風に書くと、友達から伊語の腕上げたねとか、伊人みたいだねって返事が返ってくる。
お調子者の私は嬉しくなって、もっと素敵な言い回しがないか、探している。
そんなこと伊語考えてる時って、テイションが上がってきて、なんかだんだんハイになってくる。
ちょっとた麻薬のようだ。(笑)

季節が移り変わり、すっかり春模様
黒船様の罵倒にだいぶ慣れ、ちょっとはAmicizia(友情)も築き始めたある日



春風と共に優しい光が窓から、私の黒船様に差して来た。

彼女は、その瞬間栗毛が金髪に変わった。おまけに、腕の毛も・・・

スパーサイア人かおまえは!」と思った瞬間、黒船様と目が合った。


彼女の瞳孔が、キュウ~~~って小さくなった。

知ってるさ、知ってるさ!瞳孔が光で大きくなったり小さくなったりすることくらい!
でも、でもこんなにも、ハキッリ、著名に、くっきり、変化するのを、実際に見たことがなかった。(
猫はあるよ)

妄想族の私は「こいつ、アメリカ人ではなくエイリアンが化けていて、地球侵略の為、人間を、調査してるのかも・・・」とビビった。

いやいやそんな”スピルバーグ”ちっくな事なんてありえない!!(笑)
と心の中で首を振り、レッスンに集中しろ!!!と叱咤する。



彼女からこんな質問も受けたことがある。

「Chiara ハ コドモ ノ コロ カミ ノ イロ ナニ イロデスカ?」



私は「????なんでそんなあたりまえな質問?黒に決まってんじゃン!栗毛は最初から栗毛、金の人は金じゃん。私が茶髪にしてるからそんなこと聞くのかしら?」と思っていた。


後日知ったんだが、黒船様達は、髪の色が大人の時と子供の時と変化するのは珍しくないらしい。(白髪になると言う意味じゃないよ)
金髪で生まれ茶髪へと自然に変わったり、茶髪から金髪になるとか、バリエもあるらしい。


また季節によって変わる人もいる。私の友達のMINO君は、夏毛は金髪、冬毛は栗毛でも最近は、あたまがヒナみたいになったので気づかないが・・・



でもその頃私の外国人の友は、彼女だけ・・・
だからなんでこんな質問するかすごく不可思議でなりませんでした。



黒髪・黒い瞳みんなと同じってのが日本人
インターナショナルになるってこんな事、知る事からかしら?(笑)


まず知る事なんだろうな・・・
そして、他を違いを受け入れる。それが先ずは、一歩かも。