春は名のみぞ・・
東北に暮らすようになって分かったのだが、春を待ち焦がれる気持ちがつよくなった。我家は東北の入り口とは云え、阿武隈山系の標高560メートルの山里で冬は厳しい。
3月に入って春の便りが各地から聞こえてくる。私も毎日の天気予報や陽気に一喜一憂しながら心騒ぐ日々を迎える不思議な季節となるのだ。
今年の3月は、ほとんど毎日が雪のちらつく冬日であった。しかし自然界は陽光で春を感じるのであろう、草花や小川の水は春めいてくるからその感受性は大したものである。
なんとなく水温む我家の小川である
4月には自然農畑に植える苗作りが始まる
5月を迎えるとゴールデンウィークを迎え、子供や孫達が遊びに来る。昨年はバギー車を借りておき、子供や孫達を遊ばせた。
ハラハラ心配しながら一日見守ったのである。
今年は何で遊ばせようか、目の色を変えさせて遊ばせるかいろいろ考えている。その準備をととのえる事に喜びを感じている。
課題は自然農を楽しんだり食べたり楽しむ事がだ。子供孫達はまだ無理なようなので、帯広のUさんがターゲットになるかなー。
だんだんエスカレート
案の定エスカレートです
レース鳩を飼い始めるとのめり込んで、どんどんエスカレートしてとのことです。雪の寒い時期、音楽を聴いたり彫刻を彫ったり時の流れを気にしない暮らしとなります。
しかし、今年はどうゆうわけかマイナス気温の中で毎日大工仕事をやり鳩小屋を1月下旬から始めました。
そしてレース鳩の協会・連合会に入り、本格的準備に取り掛かりました。鳩仲間たちもレースで成績・結果を出す目的で結ばれているので、老若男女非常にいい関係です。
「レース鳩ドットコム」などで日記の意見交換など謙虚で暖かい協力などの書き込みばかりです。
妻を亡くして三年以上が過ぎました。友人たちの大方の予想は、恋人・茶飲み友達いづれにしても派手な女を選ぶだろうと予想されましたが、残念ながら真面目で誠実で情の強い少しおっちょこちょいな人でした。
北海道と福島と遠距離なので、昼も夜もメールや電話のやり取りをよくやっています。したがって音楽や彫刻をする閑は無くなりましたが、毎日が張りのある生活や心の平安などが得られたのでこれで良しとします。
そうそう、鳩小屋は2月中旬に完成しました。
我家の庭を窓から眺めながらパソコンやったり音楽聴いたり彫刻彫ったり、そんな見慣れた風景の中に鳩小屋の異物が目に飛び込んでくるようになったのです。
原因は改修工事のため旧鳩小屋移動しました。そして人力で1.2mまで持ち上げるたる、ここまでの移動が限界となった次第です。我慢してくださいね、相棒さん。その子供さん、これは樹氷ではなく着雪あるいは着氷ですか。
標高560メートルの我家は、よく雪が降りそして積もります。そして雪を眺めて音楽を聴きながら酒も美味く飲めます。よいところは、雪かきを必要としない積雪ですので今年は一回も雪かきをしないで済んでいます。
ただし、ここへ登ってくるイロハ坂は急勾配でツルツルの氷となります。これも面白い事に四駆とスタットレスタイヤで早朝も夜も何とか登れます。したがって、雪に閉じ込められた事は一度もありません。
気持ちだけ雪国暮らしで雪の苦労はあまりしなくてよい事から、横着者の雪国暮らしの北限などと言っています。
レース鳩を飼い始める
010年、鳩レースに参加する目標でレース鳩を飼い始めました。
しかし、まったくの素人から始めることだから試行錯誤の連続であります。
鳩舎の作り方・レース鳩の種鳩の購入や系統の種類・鳩レース協会の入り方。などなど、レース仲間や知り合いが居ないため、暗中模索をしていました。
そんな折、ネットで「鳩レースばか一代」のホームページを見つけ投稿したら、親切にいろいろ教えていただく事ができるようになりました。
皆さんの鳩舎を見て、さっそく我家の鳩小屋を作りなおす計画を立てています。「鳩レースは血統で飛ぶ・・」など知る事になり、種親も可愛いとか綺麗とか関係なく、何百キロの距離から早く帰ってくることを目標にした種鳩を選ぶなど解ってきました。
いい大人が夢中になるロマンある趣味の世界のようです。早くレースに参加できるようになりたい、そんな魅力に取り憑かれています。
この鳩舎は初めて手作りしたものですが、失敗作です。この上に選手鳩を入れる鳩舎を作る予定です。
初めて秋田県のレース鳩をやっている方から譲り受けた、メス2羽です。
上と同じ鳩舎から譲り受けた、オスの種鳩です。もう一羽オスを探して2ペアーにしたいと思っています。