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子宮頚がん完治までの道のり(途中)

子宮頚がんcin3からのPDT治療予定です。まだまだ少ないPDT治療について知りたい方の参考になれば。

こんにちは。


毎回更新がゆっくりで申し訳ないです。


今日は治療が決まってからの流れがどんな感じだったかを書いて行けたらと思ってます。




まず、前回紹介状を書いてもらった病院で診てもらいPDTを選んだわけですが、そこからの展開は本当に早くてあれよあれよという間に物事が進んで行きました。



PDTにします!

と先生に伝えたらそしたら再来週からちょうど入院できるから急だけどその日どうですか?





急!!!笑



勝手に一ヶ月後くらいを想定していたのでまさか2週間後に入院が決まるとは思ってなくてビックリしました。まぁ仕事はなんとかなるしこれを逃して先送りにして病状が進むのも嫌だと思ったのでその日程でお願いする事に。




とりあえず一週間後に検査の詳しい結果を聞きに行くので入院の説明もその時に詳しくご説明しますと言われてこの日は帰宅。




とりあえず会社の上司に連絡して1ヶ月程度お休みもらう事を伝えて。この時上司がとても優しくて仕事の事は気にせず治療に専念してと言ってくれたり休んでもサポート体制がしっかりしていて本当にありがたかった。ますます会社好きになった。





で、翌日は別件で実家に帰る用事があったので実家のお母さん伝えたのですが、その時の事思い出すと今でもちょっと胸が痛む。。






夕食を終えて2人でお茶飲んでる時にものすごーく軽い感じで





『そういえば大事ながあるんだよ〜』



『え、なになに⁈』






もうね、この時のお母さんの顔がものすごく目がキラキラして期待に満ち溢れてる満面の笑顔で。

今でもフラッシュバックするくらい近年稀に見る素敵な笑顔すぎて





心の中でうわあぁーーーーーごめんー!!





と思いながらも表面上はおそらくいつも通りの飄々とした顔で






『私再来週から2週間入院する事になったわ〜。子宮頸癌の検査結果悪かったのよ』





もうそれを聞いた瞬間のお母さんの顔。

一瞬で悲しい顔になっちゃって本当に申し訳なかった。。





周りの娘の友達はみんな結婚して孫ができてとっても楽しそうなのに、自分の娘は37にもなって仕事ばっかりして彼氏もできずにフラフラして、それだけなら別に良かっただろうけど更に子宮頚がんて。





ただでさえ迷惑かけっぱなしの娘なのに





うちの親は孫が欲しいだの結婚しろだのは私に言わないし好きに生きないって感じの親で、本当に好きに生きてきちゃったけど本当は娘の結婚式とか出てみたいだろうし孫だって抱っこしてみたいはずで。





私が大事な話があるって言った時も、あれはもしかしたら彼氏出来たとか結婚するとかそうゆう話しかもって期待してたんじゃないかな。そのくらいなんか嬉しそうな顔されちゃって。





もともと結婚も子供もすごく手に入れたい訳ではないしこのまま独身でたくましく行きて行く気満々だったけどさすがにこの時ばかりは家帰ってから1人で泣きました。





なんかまた長くなって来てしまったのでまた次回に入院とか治療の事について書けたらと思います。



ブログに目を通していただきありがとうございます。