ひっさしぶりの、ブログ更新。
なん年ぶりでしょうか?

その間、いろいろありました。
仕事もプライベートも。私の周りも。

私も結婚し、忙しい平和な日々を送ってます。

また時間見て、更新していきます!
英語の勉強をまた始めようと思ってTEDトークをアプリで見てた。

自分のことを知ってもらう為に、3つのことを他人に述べるとしたら何を言うか?


という問いが出てきて、私はとっさに
今の勤務先のこと、
ダンスのこと、
NYのこと、
の3つかなと思った。

次の瞬間すごくびっくりした。
3つの中に、映画が入ってこなかった。


あんなに恋い焦がれるように映画を好きになって、
世界で1番入りたい会社で働きたいと思って映画業界に入って、
新卒で入ったその映画会社で早くも天職を見つけたと感じ
退職する時は大きな喪失感を感じ、
映画を失ってもう私の人生には何もないとその時は思った。

そんな映画が、私を構成する3つの中に入ってこなくなった。

だから、当時29~31歳の頃にはわからなかったけど、
映画は通過点だったんだね。

今年、ワールドカップが終わって、仕事でもうやりたい事ないなぁと思ってた時期があった。

でも今なら明確にわかる。
ワールドカップの仕事でさえも、ただの通過点なんだね。
きっとこれからも、どんどん色んな場所を通過していく。




20代は、小さな部屋にいて、まわりに扉がたくさんあるのに、あけようとしても全然開かなかった。

30代に突入したら、扉がどんどん開くようになった。
何時の間にか用意されてた扉もあったし、
こんなの開けるつもりじゃ無かったんだけど開いちゃったなぁと思う扉もあったし、
この扉を開けられたら人生変わる!と意気込んで開けた扉もある。


次々に扉を開けたら、自分では想像もしないところにたどりついた気がする。


これからもきっと、開かない扉も沢山経験して、
開く扉も沢山通過して、
想像もしない行き場所に、きっと自分でたどり着くんだろうなと思って、
それがとても楽しみで仕方ない!!
今日は会社でイベントがありました!

アディダスオリジナルスとクリエイティブディレクターNIGOさんとのコラボ商品が
あさって発売なので、そのロンチパーティ!



コラボ商品を身にまとったモデルちゃん達と撮影。

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上下ジャージ、かわいいラブラブ

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これで踊りたいな。
ドイツはニュルンベルクに出張にいってきました。

一日、急にフリーになったので、思いきってチェコのプラハに日帰り旅行。

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有名なモルダヴ川。
癒されました!


そして、プラハは、「存在の耐えられない軽さ」の舞台になった場所。

このホームに、テレザも降り立ったのでしょうか。


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そういえば私、10月1日付で、昇格しました!
マネージャーになったよ。
なので今後は、土日の休日出勤も、残業も、お金でませーーん!!

ヽ(´o`;

もちろん自分がやってきたことを評価されることは嬉しいし、いろんな人がおめでとうと言ってくれたけれどね、
ちょっと複雑な気持ちでもあります。

マネージャーになって、得られることって何なんだろう。

きっとそれがまだ心にストンと落ちてこないんだと思う。


得られるというか、そうなる意味というか。

手放すことの方が、今は多く思える。

さあ、どうなるかなぁ?
私のこれからの未来。

怒涛の二週間でしたが、今週水曜日で、ちょっと落ち着きました。


水曜日は、全社員の前で
W杯に関するプレゼンがあったのですが、
出来に関してまだまだ自己評価は低いものの、
周りからはまあ誉められたので、良かった。

いや、良かったどころか、
とっても嬉しかった!!!

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いよいよ、W杯も、大詰めってところまできたね。
この一年の集大成を。
一年どころか10年間の、集大成にしたいな。
やばい、メーカーに転職して2年半。
初めて、モノが売れて、心底うれしいと思った。

ずーっとずーっと、
どんなに売れても、心から喜べることって、なかった。

人の物欲を満たす仕事が本当に良いことなんだろうか?
そんなことで喜んでいいんだろうか?
この世界にとって、正しい行いなんだろうか?
その人の人生を幸せにしているだろうか?

ということを考えると、
罪悪感を感じたり、情けなさを感じたり、くだらない世界に生きているように感じたり・・・・。


映画の時は違った。
ヒットしたら心底うれしくて、ヒットしなかったら動けなくなるくらいに打ちのめされた。
映画は、どんな映画でも、どんなつまらない映画でも
その人の人生にほんの少しだって何かしら影響を与えている思いがあったから。



でも今、メーカーの営業として、自分が1から関わった、というか0から立ち上げた商品が売れて
涙が出るほど嬉しい!!!!
1から作った商品なんて他にもあるけど、なんで今はこんなにうれしんだろう?
これまでと違うんだろう?


理由はもちろん、自分ではわかってる。


感動できる仕事ができて本当に良かったと、今、心から思います!!!

ワールドカップって素晴らしい。
まだ開幕もしてないし、早いけど・・・本当にありがとう!!!

http://www.ec-store.net/special/140508adidas/contents.cfm?ref=main&uk=0

とはいえ、まだ先行予約が始まっただけ。
ここからどんどん、がんばっていきたい!



読んではいけない気がして、気になりながらも避けていたんだけど
結局買ってしまった。

そして非常に面白い!

このまま止まらなさそうなので
意を決して中断。

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この人がどんなに悩んできてかわかる。
(決してスマートではなく。)


だから共感できる。
ここ最近の事について。


今年はGWの前半と後半に見事に分かれたのですが、私は前半にショックな出来事があって
それをGW合間の平日もひきずったままで、「え、ってことは、このまま後半も過ごすのか~」と
失意のGWを途中まで、というか一昨日まで過ごしていたんです。

ところが、そういう時(自分が良い状態ではない時)にきちんと自分一人の時間を大切にし
無理に予定いれて出かけてさみしさを紛らわそうとせず、自分と向き合う事で、
自分の中のクリエイティビティが高まるもので
今日は、明日でGW最終日という5月5日の夜中(日付変わってもう最終日突入)ですが
結果としては、素晴らしいGWになった気がしてきました。

で、何があったかという話です。


随分前に見た映画「Waking Life」の中にあった印象的なセリフ「川を拒む海は無い」を去年あたりから意識することが多くなったのですが、今年になって、そのセリフをよく考える場面がありました。

その時のエントリはこちらから。

http://ameblo.jp/taki10591/entry-11137044541.html


このセリフをどうとらえるかはその人次第ですが、
私は、「どんな激流だったとしても、いずれは穏やな川となり、海にそそがれる。
海はどんな川も拒まない。
だから、とにかくどんな事があっても、ただ流れに任せてさえいれば、大丈夫。」
と解釈していました。

川を逆に登っちゃおうとか、この激流を急に穏やかにしようとか、川から出ようとか、海にはいきたくないとか、たまには急な流れがいいなとか、曲がりくねった川じゃなくてまっすぐがいいなとか、

そんな事は考えなくって良くて、

流れが速い時もあれば、ゆっくりな時もあるし、雨が降れば濁るし、でもいつか綺麗にもなるだろうし、でもいずれは全~部まとめて間違いなく例外なく海に流れるから、大丈夫だから、このままでよい。

という事なのかな、と。


今年に入ってこのセリフを考えたのは、叔父がなくなった時でした。

とにかくショックな死だったので、もう私も33歳ですが子どものように受け入れられなかった。
叔父以外の誰かならこの病気にかかってよいと思っているわけではないのですが
(他の誰かがあの難病にかかれば、その家族が悲しむわけですから)
それでも「なんでこの難病がよりによって?」「神様は意地悪すぎるんじゃないの?」
という思いは、どうしてもぬぐえませんでした。

そんな時に、なぜだか川の話が頭に浮かんできて離れなかったんですよね。

叔父は激流のような人生を必死で生きて、人よりも早く海にたどり着いたのかな~、みたいな。

叔父はたまたまそんな川の中に身を委ねていたけど、みんな結局どんな形であれ流れているんだろうなー。私も、いろいろあるけど、流れていようかなー。

(※注:川に流れる=努力しない、じゃないですからね。)


自分の頭の中をうまく説明できないのですが、そんな考え事をしていたら、
唐突ですが、そんな絵をかきたくなったんです。
滝が落ちて、激流から穏やかな川になり、海に流れる絵。


絵をかくんで、音楽好きマスターが経営するカフェにいたら、その時、どこかで聞いたことのある曲が耳に入り、
カフェのマスターに「この曲なんでしたっけ?」と聞くと
「チックコリアのスペインという曲です。ライト・アズ・ア・フェザーというアルバムに入っています」との回答。 
あれ、全然知らない曲だった・・・。思い違いか・・。
ま、いっか・・・。

絵は構想までは固まったので今日はここまでと思い、カフェを出ました。


その後、最近本を読んでいないなと思ってブックオフにいって、海外文学を久しぶりに読もうかなとそのコーナーに行ったら
クンデラの「存在の耐えられない軽さ」(人生でTOP3にはいる好きな本)が目に入り、
あ~最近、この本も読んでないな~、たまには読まなくちゃな~と思いながら
結局フィッツジェラルドの短編集を買いました。


で、家に帰ってさっき聞いた
「チックコリアのスペインという曲」を調べていたら、気づいたんです。
アルバム名「ライト・アズ・ア・フェザー」って、「羽のように軽い」という意味。

つまり・・・


「存在の耐えられない軽さ」でクンデラが訴えかけたテーマ
”軽いから、重くないから、生きている(=ニーチェの永劫回帰と同じ思想)”だと。



きゃー、なんていう、

セレンディピティ!!!!


(セレンディピティとは、最近はやり?の言葉だと思うのですが
何かを探している時に、探しているものとは別の価値のあるものを見つける能力の事)


なんかよくわかんない文章になってきたのでもうやめますが(笑)
そして一体なんのクリエイティビティがあったのか知らないですが
(本当はもっといろいろ考えたので、もうちょっと創造的でした。文では全部は書けないね。)



つながる感じっていうんでしょうか。


この感じが、私の人生ではすごく大事で、


つながった感覚がある時って、何かが動くときなんです。
(過去に起きたすべての出来事をLUCKYだったと思える瞬間)



スティーブ・ジョブズの言うところの、コネクティングドットの瞬間です。
(かの有名な2005年のスタンフォード大学でのスピーチ内容)

とはいっても、今の私はまだつながってなくて、つながりそうな予感の段階ですが。


++++++++
過去を振り返ると、自分の創造性が高まる時期(何か芸術を作るわけではないですよ。自分の中で新しい考えが生まれる時)は、いずれも、つらい時でした。

良い時期は、悩みは無いのですが、創造的に生きれてない事がもどかしかったりもします。

今は、そろそろ、次の段階に行くために、創造期を過ごしなさい、だからつらい出来事も起きますよ、
そういわれているのかな~と思いながら、久しぶりの長い文章を終わりにします。


あー。頭の中の100分の1くらいしかかけなかった・・・文章力に難あり。