【幼なじみ王子と従者とホットチョコレート】
番外編、読み切り掌編になります。
ファンタジーだけど、ファンタジー要素はあまりありません。
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小説掌編
【雨の日のミラとラフィの過ごし方】
ざんざん、ざあざあと朝から雨が降る。春のこの時は珍しいことだ。
「暇だ」
昼食の茹でたジャガイモをつついて崩しながら、ラフィが春の湖畔のように澄んだ青い瞳を半眼にし、頬杖をつく。
「行儀が悪い」
指摘すると、姿勢をただすのは、ラフィの素直でいいところだ。
「雨だと、商人の客も来ないし、釣りにも行けん」
「増水して危ないので止めてください」
「わかっている。ミラは心配性だな」
「大人しく勉強なさっては」
「勉強……」
頬杖を膨らませ、眉間を寄せ、ものすごく不服そうだ。勉強なら、雨でなくとも毎日何かしらしているのだから、特別に今詰めてやらなくてもいいのだが。
「なら、家畜小屋での勉強どうでしょう」
「家畜小屋で読書でもするのか」
「この時期に、やることといえば?」
「肥料を撒いて、耕す」
「ウチは畑を持っていません」
「牧草の種まき?」
「花の種ならば、夏には花畑になるだろう」
「雨だぞ。雨の日に牧草の種は撒かない」
「ラフィが言い出したのですが」
「この時期……。毛刈り? そうか、羊の毛刈りの見学だな!」
「御名答」
この小さな町は、羊が人口の一〇倍は居るという、羊の町。夏までに、全ての羊の毛刈りを終えなくてはならない。町で生まれ育った者なら、子供の頃から羊の毛刈りをしてきて、誰でも出来る。だが、元々旅人の俺たちには縁遠かった。
なんの予定もない日だ、いい機会だから羊毛を扱う商家として、現場で学ぶのも立派な勉強だ。
俺の長い黒髪を簡単に結い、支度を整え、雨用の革の外套を羽織る。コナ家の持ち物である家畜小屋が、整然と並ぶそこへ二人で来た。
羊の世話、管理を任せている羊飼いが俺たちを出迎える。
「雨の中、どうしたんで? 坊っちゃん方」
「坊っちゃん……慣れないな」
ラフィがごちる。
まあ、わからなくもない。
「毛刈りの見学をさせて貰えませんか。できれば、体験も」
「ミラと俺は、羊の毛刈りをしたことがない。お前たちの仕事を、勉強させて貰いに来た」
「そういうことですかい、構いませんよ」
モコモコの羊の群れが身を寄せる小屋の一角、毛刈り用のスペースがとられていた。
晴れていれば、野外で町の人たちと大勢で毛刈りをして、昼食やおやつの炊き出しまで出て、ちょっとしたお祭り騒ぎなのだが。本日は雨、羊飼いたちと、数人来ていた町の人で毛刈りを行っていた。
腹を上向きにひっくり返された羊が、みるみる間にサッパリと毛刈りされていく。
「大人しいものだな」
ラフィが感心した。
「と殺のときも、山羊は往生際が悪いが羊は観念したように大人しいからな」
「ミラ、羊の群れが暮らす小屋の中で言うことじゃない」
「失礼しました」
「二人とも。せっかくなんで、やってみますかい」
羊飼いに促され、鋏の扱いを教えて貰いながら、毛刈りをさせて貰った。
「初めてなのに、ミラさんは流石器用ですね」
「いえ、教え方が上手いので」
それに、羊が動かないようしっかりとサポートして貰っている。
「ラフィの旦那は、ちょいと慎重すぎます」
いくら大人しい羊でも、ずっとひっくり返された不自然な姿勢をとらされているのは負担なのか、モゾモゾと暴れ出した。
「代わります」
「む……。油でベタベタする。羊の肌を切らないようにしながら、毛の根本を切るのは神経を使う」
「慣れですよ、慣れ。数をこなせば誰でもできるようになります」
鋏がシャキシャキと小気味よく鳴り、鮮やかな手捌きで毛が刈られていく。羊は分厚いコートを脱いで身軽になり、立ち上がって群れの中へ入っていった。
「羊は毛を刈らないとどうなる」
「もっと分厚い羊毛を纏います」
「犬の換毛期みたいにゴッソリ抜けないのか」
「そうですね」
ラフィの素朴な質問に、羊飼いは作業の手を止めず親切に答えてくれた。
「毛刈りした羊が俺で、毛刈りしてない羊がミラだな」
髪の短いラフィと、髪の長い俺に例えたのだろう。
抜けずに伸び続けるというのは、人間と同じか。
気づけば、羊毛が人の背丈を超えて山盛りになっていた。これは、まとめて保管し、晴れた日に運び出して、洗浄して糸にする。それから染めて、編み上げて……と、商品になるにはいくつもの工程が必要だ。
切りの良いところで見学を切り上げ、ランチの後はラフィにつきあい、自警団の訓練所に顔を出して剣の稽古をし、屋敷に帰った後も警備兵たちと体を動かし、有り余る体力を発散させる体力おばけのラフィを途中で置いて離脱し、俺は軽食を作ったり、糸を紡いだりと、まあまあ忙しくしていた。
「雨なんか降ったら暇だと思っていたが、なんだかんだ充実した一日だったな。羊の毛刈りは、行ってよかった」
「そうですね。製品になるまで、どれだけ人の手が入るのか実感した」
「俺たちは羊の肉も食うし、冬なんかは羊毛が無ければ凍死する。この町の者は羊に生かされている。ディナーに出た羊のローストは美味かった」
「ヨーグルトソースに漬け込んで、柔らかく食べられるようにしたもので。気に入っていただけて何よりです」
「次こそは、上手く毛刈り出来るようになってやる」
負けず嫌いを発揮すし、一日の終わりに決意するラフィ。
技術も志しも、この町の住人と大差ない人間になる日も近い。
(終)
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