武蔵は座銀に来ていた。
最後に来たのは、以前勤めていた会社の忘年会の帰りだった。
何年前のことだろう。
来たというよりは地下鉄に乗るために通っただけというのが正しい。
座銀に来たところで何もすることはなかった。
武蔵は座銀系ではない。
渋谷系でも原宿系でももちろんない。
歳を取りすぎてるし、その二つの系統は90年代に終わりを告げたかもしれない。
彼は例えば吉祥寺とか下北沢とか北千住とかの商店街をぶらぶらして家系ラーメンを食べ、路面店でコーヒー豆を買うのが性に合っていた。
そう、彼は強いて言うなら家系だった。
座銀を歩く彼自身に、ヒップホップのファッションに身を包むマーク・ザッカーバーグほどの違和感を覚えた。
 
では、なぜ彼は座銀を歩いているのか?
それは婚約指輪を買うためだった。
 
前回の「葡萄」対談でひろ子との恋が成就した武蔵。
 
 

 

 

鈍感な彼もついにひろ子の気持ちに思い当たったのだ。
彼女は結婚を望んでいるのだ。
だとしたら武蔵に躊躇する理由などあるだろうか。
冴えない中年が、若く美しい女性と結婚するチャンスをつかんだのだ。
この機会を逃す手はない。
 
というわけで武蔵は正式にプロポーズをするため座銀のチファニーに指輪を買いに来た。
そもそも指輪などどこでどんなものを買えばよいのかさっぱりわからなかった。
ゆえに座銀のチファニーならひろ子も文句は言うまいと考えたのだ。
 
武蔵はチファニーの店内に足を踏み入れた。
ガラスケースにジュリー、じゃなくてジュエリーが並んでいた。
キラキラしていてなんとも居心地が悪かった。
歩いているうちに右手と右足が一緒になりそうだった。
帰りは家系ラーメンで無料ライスをお代わりしようと心に決めた。
 

ひろ子より年上でひろ子の次に美しい店員が武蔵に声をかけた。

「指輪をお探しですか?」

「は、はい」

「お誕生日のプレゼントとか」

「まあ、そんなところです」

「こちらはいかがでしょう?」

「じゃあそれで」

 

武蔵は見てもどうせわからないので店員にすすめられるままに購入した。

あまりにも早く決まったので店員も面食らったようだった。

 

「あ、ありがとうございます。おつつみしますね」

「おつつみはいいんで箱と手提げ袋だけください。時間ないんで」

 

時間はたっぷりあったが、一刻も早く立ち去りたかった。

 

「お出口までお送りします」

店員は指輪の入った手提げ袋を出口で渡してくれて、深々と頭を下げた。

武蔵は逃げるようにチファニーを後にした。

恥ずかしい袋をバックパックに突っ込み、歩きながらスマホで家系ラーメンを検索していると後ろから声をかけられた。

振り返るとひろ子がいた。

 

武蔵「なんで!?」

 

ひろ子「それはこっちのセリフよ。なんであなたが座銀にいるのよ?」

 

武蔵は言葉を濁した。

 

ひろ子「あたしは仕事よ。撮影なの。もうすぐ終わるから待ってて。どうせ暇でしょ?」

 

ひろ子はデルモだった。

 

武蔵「はい」

 

その辺をふらふらして待つこと30分後、ひろ子は再登場した。

 

ひろ子「お待たせ。じゃあ始めましょうか」

武蔵「何を?」

ひろ子「『がらくた』対談でしょ?」

武蔵「ああ、そうだね」

唐突に始まった「がらくた」対談は座銀の街を歩きながら行われた。

 

ひろ子「タイトル「がらくた」についてはポップソングを無用の用に見立てたという意見があるわね」

 

武蔵「桑田さんがね、『今回のアルバムのコンセプトは、君達がいて僕がいる、チャーリー浜。でした』って。まあ、端的に言うと『昭和』がテーマだよね。で、『がらくた』ってのはそんな昭和を彷彿とさせる今回の作品群を指してるんだろうけどね、昭和のモノって今の時代には『がらくた』かも知れないけど、でもレトロなところがかえって魅力的だったりするじゃない。丁寧に作られていて耐久性があって味わい深くて。『がらくた』って言葉はネガティブな意味でとらえられがちだけど、実はポジティブな意味合いが込められてるんだなって思ったよ」

 

ひろ子「なるほど、今回のアルバムに収録された楽曲はいわばポジティブな意味での『がらくた』なわけね。次ジャケット」

 

 

 

image

 

 

 

武蔵「アヒルはロンドンで買った土産物らしいけど、昭和のソフビ人形のような雰囲気とビートルズのアビロードのように整列したイギリスっぽさの融合が桑田さんの音楽性を象徴してるね」

 

ひろ子「一曲目の『過ぎ去りし日々(ゴーイング・ダウン)』なんてビートルズだものね。昭和が根底にありつつ、欧米のポップスの影響も拭えないというわけね」

 

武蔵「前作の『MUSIC MAN』は集大成であり大傑作だった。その後のソロアルバムとして一体どんなものが出てくるんだろうって思ったんだよね。モンスターアルバムの後では桑田さんもプレッシャーだろうなって。でも心配は取り越し苦労だった。『がらくた』は、肩の力を抜いてやりたいことを存分に楽しんでやったアルバムとなった。」

 

ひろ子「傑作を残したからあとは、やりたいようにやるってところかしら。ある意味『MUSIC MAN』を作ったからこそできたのかも知れないわね」

 

武蔵「そうなんだよね。改めて今回『がらくた』をじっくり聴いてみて実にいいアルバムだなあって思ったよ」

 

言いながら武蔵は早く座銀を立ち去りたかった。

 

武蔵「ひろ子、お腹空いてない?」

 

ひろ子「いつも空いてるわよ」

 

武蔵「夕飯にしよう。知り合いの店を予約するかちょっとまってて」

 

武蔵はスマホを取り出し行きつけの店「The Bar」に電話をかけた。

マスターが出たので30分後に到着することを伝え、貸し切りにするようお願いした。

時刻は午後4時半。幸い時間が早かったので、7時までは貸し切り可能とのことだった。

武蔵はそのお店でひろ子にプロポーズをするつもりだった。

果たして彼のプロポーズ大作戦は成功するのだろうか?

 

(つづく)