簪(かんざし)は結い髪の髪留め、髪飾りとして江戸時代に流行しました。
また、先端が尖っているので女性の緊急時の武器として使われることもありました。
時代劇で女の人が髪から簪を抜いて敵を刺すシーンがありますが、あんな感じで使ったのかも知れません。
現代においては行事で和装でもしない限り、一般的に簪を身につけることはなかなかないでしょう。
桑田さんは曲作りの際、「京都の竹林が見えた」と語っています。
この歌の女性はあるいは芸者さんなのかも知れません。
芸者さんであれば髪留めとして簪を身につけています。
行為の前に簪を抜き取り髪をほどく…髪留めとしての簪は男女の愛の象徴と言えます。
一方で武器としての簪は、道に外れた関係が迎える死の結末を象徴しています。
簪のもつ特性を見事に利用したこの曲は桑田さん史上最も深刻な歌になっています。
なぜなら自殺行為で歌が始まるからです。
赤い雨の子守歌
しっぽり斬れた手のひら
一筋の流れ川の如く
一筋の川のように、手のひらを伝い流れ落ちる血の雨。
永遠の眠りのための子守歌。
叶わぬ想いに耐えきれず死を選んだ女。
衝撃の冒頭です。
赤い雨の子守歌
しっぽり斬れた手のひら
一筋の流れ川の如く
遠い旅のみちづれに
まゆらに萌ゆる面影
悲しい恋は夢の中で実る
虚しい未練の風吹く都会(まち)では
これ以上泣いたら生きられぬ
薄く頬紅 影さして
恋のゲームを終わらせて
それが愛だと言うのなら
決してあなたの
邪魔をせぬように
「簪/かんざし」を初めて聴いた時は不思議な印象を持ちました。暗くて、哀しくて、おおよそ既存の音楽ジャンルには当てはまらない曲だと感じました。
でも、この曲についていろいろと調べながら聴き込む内に、あえてジャンル分けをするならジャズなんだろうと思いました。
歌詞にも「甘くジャズなど歌わずに 粋なブルースで踊らせて」とあります。
また、桑田さんはライナーノーツでビリー・ホリデイの「奇妙な果実」に言及しています。
暴力的な人種差別を生々しく歌ったジャズの名曲「奇妙な果実」の暗さに「簪/かんざし」はよく似ています。
それは、どちらも「死」をテーマにしているからでしょう。
とは言え、「簪/かんざし」はアメリカのジャズとはやはり違います。
すべて日本語で書かれたこの曲は大和言葉のジャズと呼ぶのが相応しいかも知れません。