「60近いおっさんである我が身の背中を押してくれるような言葉など、現代の「流行歌」にはほとんどない。ならば自分で書かねばならない。」(桑田佳祐「葡萄白書」)



「イヤなら事だらけの世の中で」は、サザン15枚目のアルバム「葡萄」(2015年)に収録。

T B Sドラマ「流星ワゴン」の主題歌にもなりました。


これまでのサザンは、湘南ビーチを舞台に夏の終わりは恋の終わりを歌にしました。

しかし、この曲では舞台を京都に移し、歌詞も若者向けから「60近いおっさん」向けの言葉で語ります。

日本語というより和語、そこに宿る言霊に、よりシンパシーを感じるご年齢になられたのかも知れません。




春は霞か 桜は紅枝垂(べにしだれ)

簾越しに 鴨川(かわ)は流れ
祇園囃子に浮かれて蝉時雨

溜め息に訳など無いわ
未練など 嗚呼…
悲しみを置き去りにして
慰めの言葉で殺(あや)めてくれ


イヤな事だらけの世の中で
ひとり生きるのは辛いけど
この町はずれの夕焼けが
濡れた頬を朱で真っ赤に染める

ええオンナ







印象的なイントロに、桑田さんの艶のある歌声が続きます。

豊かな感情表現こそがボーカリスト桑田さんの白眉であると思います。

桑田さんの声はその向こうに溢れそうな憂いを湛えます。

たとえ桑田さんと同じくらい上手く歌えたとしても、この表現力は真似できません。


「松田弘の叩くドラムのリム・ショットやゲートリバーブなど、80年代のポリスやアート・オブ・ノイズを彷彿とさせるサウンドに和風だしを効かせたことで、摩訶不思議なナンバーになった」【桑田佳祐「葡萄白書」)


ポリスが1983年にリリースしたアルバム「シンクロニシティ」は桑田さんに多大な影響を与えました。

当時、桑田さんが連載していたエッセイ「ケースケランド」で激賞し、「人気者でいこう」「Kamakura」のいくつかの曲では、その影響が如実に反映されています。


80年代はテクノロジーがロックサウンドに劇的な変化をもたらした時代です。

その時期、桑田さんの創作能力は年齢的にもピークに達し、同時代の音楽をふんだんに吸収しました。

それが富士山の湧き水のように30年後の音楽となって結実したのです。


私は正直、「和」の文脈で桑田さんの音楽を聴くのが好きではありません。

そこに洋楽のエッセンスがあるからこそ、桑田さんの音楽が好きです。

「イヤな事だらけ〜」も京都や歌詞の字面や演歌・歌謡曲の側面しか見えないと面白味を感じないのですが、ポリス的サウンドと開示されると目から鱗です。

和の衣装を纏ったこの曲を洋楽の文脈で聴くことができます。


ぜひ皆さまも洋楽的な観点からこの曲を聴いてみてください。音の鳴り方が変わります。










1983年リリース、ポリス5枚目のアルバム。

全世界で大ヒット、全盛期のサザンサウンドに大きな影響を与えた。名曲「見つめていたい」収録。