TBSドラマ「ずっとあなたが好きだった」(1992)の主題歌。

このドラマ抜きに涙のキッスは語れない。特にリアルタイムで観た世代には。
 
賀来千香子演じる西田美和は、父のすすめでエリート銀行員、杉田冬彦(佐野史郎)と結婚する。しかし、冬彦は極めつけのマザコンだった。
結婚生活に悩んでいるとき、美和は高校時代の恋人、大岩洋介(布施博)と偶然の再会を果たす。
ある事件がきっかけでお互い好きなまま別れた二人。再会を機に当時の想いがよみがえる。




 

で、「ずっとあなたが好きだった」というタイトルにつながるわけだが、もちろんありがちな三角関係を描いてドラマ史に名を刻んだわけではない。
このドラマの成功は冬彦=佐野とその母=野際陽子の不気味な演技によるところが大きい。
赤ん坊のように下唇を突き出し駄々をこねる冬彦、美和に対する不満を逐一母親に報告し、その母親は息子の指の切り傷を舐め、事あるごとに夫婦の問題に介入する。
常軌を逸した親子の行動に精神的に追い詰められていく美和・・・
まさに「恋愛サイコスリラー」とも言うべき斬新な趣向が紋切り型のストーリーを社会現象のレベルに引き上げた。
 
「今すぐ逢って見つめる素振りをしてみても
なぜに黙って心離れてしまう?
泣かないで夜が辛くても
雨に打たれた花のように
 
真面でおこった時ほど素顔が愛しくて
互いにもっと解り合えてたつもり
行かないで胸が痛むから
他の誰かと出逢うために
 
涙のキッス もう一度
誰よりも愛してる
最後のキッス もう一度だけでも
君を胸に抱いて」
 
さよならのバラード「涙のキッス」は美和と洋介のためにあるのではない。
かつて別れざるを得なかった二人だが結局は結ばれるからだ。
 
では誰のためのバラードか?
そう、これは最も似つかわしくない、冬彦のためのバラードなのだ。
冬彦は子供の頃、父に連れられ美和の実家である和菓子屋を訪れたことがあった。
そこで美和を見て以来、ずっと彼女が好きだった。
大岩と美和が出逢う前からずっと。
というわけで「ずっとあなたが好きだった」は、実は冬彦がずっと美和を好きだったというオチであることが最後に明かされる。
 
母親に甘やかされて育った冬彦は要するにわがままである。
望みはすべて叶えられるものと思っている。
そんな彼に対等な夫婦関係など望むべくもない。
すべてを受け入れてくれる母親と違って、嫌なものは嫌だという美和を冬彦は理解しない。そして、子供のように癇癪を起し、結局は嫌われ、大岩に美和を奪わてしまう。
 
でも冬彦だって美和を誰よりも愛していたのだ。
これほど哀れなことがあるだろうか。
 
「涙のキッス」は1992年7月18日、サザン31枚目のシングルとしてリリースされ、後にアルバム「世に万葉の花が咲くなり」に収録された。
ドラマの人気に後押しされ、オリコン7週連続1位、154万枚のセールスを記録した。




ドラマとのタイアップがなかったとしても、名曲であることに違いはない。
Aメロ、Bメロに甘さを加える匙加減は絶妙で、サビにおけるせつなさのインパクトは相変わらずの桑田節、イントロのメロディは繰り返し登場し要所に楔を打つ。
ボーカリストとしてもピークを迎えた桑田の艶やかな声、その後ろで小林のキーボードが、小倉のギターが、奥ゆかしくも多彩な音で色を重ねていく。

繰り返しになるが、「涙のキッス」が似合うのは洋介と美和のカップルであり、冬彦では決してない。
それでも冬彦という選ばれない男にこのバラードを捧げた桑田さんのやさしさに拍手を送りたい。