「東京サリーちゃん」は映画「稲村ジェーン」のサントラ8曲目に収録された。サントラのリリースは1990年9月1日。

映画では使用されなかった。

 

 

平成の怪人 東京バリー・チャン

有名なテクニック ”湘南ビードロ・ライト”

東洋の花代

芸能ジャップは デーモン内藤

黄色い あくび

君は 男装カナリー

 

 




理解不能な言葉の羅列で歌詞が成立しているが、この曲で桑田氏は一体何を描こうとしたのか。

 

音韻重視で理解不能な言葉を並列する作詞法はジョン・レノンの手法だ。

「Come Together」、「Lucy in the Sky with Diamond」、「I am the Walrus」などはその顕著な例だが、これらの曲を聴くとき、我々は難解な歌詞の背後に浮かび上がる確かなテーマ、あるいは風景を知覚している。

 

例えば「Lucy in the Sky with Diamond」を聴けば、LSDがもたらす幻覚作用を疑似体験できる。

 

つまり無意味と思える個々のフレーズ、文章も意味ある選択がなされているのだ。

 

「東京サリーちゃん」において、桑田氏はサウンドも含め意識的にジョンの方法論を取り入れている。

だとしたら、この歌詞を単に意味不明と片づけるわけにはいかなくなる。

 

それぞれの言葉はナンセンスだが、すべてのパーツが配置されたとき、どのような全体像が浮かび上がるのか、リスナーは恐らくそこに注意を向ける必要がある。

 

結論から言うと、桑田氏は「東京サリーちゃん」で「冷戦後の平成」を「戦後の昭和」に重ね合わせて描こうとしたのではないか。

 

この曲のリリースは1990年、平成2年9月、つまり平成を迎えてまだ間もない頃に作られた楽曲だ。

当時、世界情勢は激震の真っ只中にあった。

1989年6月には中国の天安門事件、11月にはドイツのベルリンの壁崩壊、12月には冷戦が終結、1991年12月にはソ連崩壊、日本でも1990年10月に東証株価が2万円を割りバブル経済が崩壊した。

 

このような情勢を背景に作られた「東京サリーちゃん」には「平成の怪人 東京バリーちゃん」、「平成の売人 望郷チャーリー・チェン」、「平成の愛人 東京サリーちゃん」と「平成」の連呼とともに「昭和の妖怪」にも比すべき怪しげな連中が登場し、さらには冷戦終結後、新たな役割を模索中だった「NATO」までが言及の対象となる。

 

新時代の混沌を表現しつつも、しかし、選ばれた言葉は上記の引用も含め戦後の昭和を彷彿とさせる古めかしさである。

「東洋」、「新渡来」、「雀荘」、「外来」、「男装」、「○陰」…

 

さらにテクノロジーを排除したサウンドは、戦後のドサクサに紛れて「怪人、売人、愛人」が蔓延るような、いかがわしい雰囲気を醸し出している。

 

というけで、冷戦後間もない新時代”平成”の混乱を戦後間もない昭和のドサクサに重ね合わせること、それが「東京サリーちゃん」のメインテーマだったのではないだろうか。

 

 

氏が奏でるギターサウンドもジョン・レノンのそれを彷彿とさせる。いわゆるファズギターの荒削りな音色はジョンのトレードマークだった。

 

「同じサイド・ギタリストとして、作者(桑田)のあこがれは彼(レノン)」

(桑田佳祐「ケースケランド」)と語っているとおりギタリストしてのジョン・レノンを氏は高く評価している。

 

映画では使われなかったこの曲がサントラに収録されたことをファンは喜ぶべきだろう。サウンドにおいては「亀が泳ぐ街」を先取りした和製ジョン・レノンによるブルース・ロックの傑作である。