昨日までの喜びが 哀しみに変わるよ

あんなに空が丸く見える この頃なのに

たぶん君は許さない 女でいる限り

噂の後に割れた 絆を

 

目の前に好きな女性(ひと)が いればなおさら辛い

今すぐにやり直せば 甘い言葉が嘘になる

 

誰より愛しい女性(ひと)よ 君と歩いた夏

胸によみがえる Ah, ah・・・・・・

 

アルバム「Southern All Stars」の最後を飾るナンバー。

 

二股を悔いる男の曲としては先に「逢いたさ見たさ病めるMy mind」がある。「逢いたくなった時に君はここにいない」はまるで言い換えのようなタイトルだが、両バラードの歌詞とサウンドの違いにサザンの技術的、精神的成熟を聴き取ることができる。

 



約3年ぶりのサザン復活後、初の、さらにバンド名を冠したアルバムとくれば、そこにサザンのバンドサウンドを期待するのは当然のことだろう。

しかし、「ここに君はいない」。つまり、このアルバムのほとんどの曲において、サザンが不在である。

確かに、原由子がボーカルの「ナチカサヌ恋歌」、大森隆志作曲の「GORILLA」もあるが、それでもサザンのアンサンブルは桑田と小林武史の共同作業によって後退を強いられている。

 

「偽りのシャツにためらいのボタン」(「みんなのうた」)をはめて復活した桑田の本音は、もうサザンはやりたくないということだろうか。

 

というわけで、このアルバムでサザンのバンドサウンドが楽しめるのは「フリフリ’65」、「悪魔の恋」、そしてこの「逢いたくなった時に~」ぐらいではないだろうか。

 

私にとって、サザンサウンドの重要な要素の一つは、ウィングスのごとき、下手ウマなコーラスだった。どこかアカ抜けない、しかしサウンドを決定づけるようなインパクトをもったコーラス。男性陣に混じってウィングスだったらリンダの声が、サザンだったら原由子の声がバンドの刻印を刻む。

 

しかし、桑田の一人多重録音でドナルドフェイゲンや山下達郎のごとき洗練を帯びたとき、それはもはやサザンではなくソロワークでしかない。

 

この曲では桑田と原の懐かしいハモリが響く。

歌詞に英語はなく、サザンバラードの王道とも言える旋律に、理想のサザン像を聴く。

 

「逢いたくなった時に君はここにいない」が、サザンはここにいる。