8thアルバム「kamakura」2枚目4曲目に収録。


LPでは2枚目のA面4曲目にあたる。A面には5曲が収録されているので、最後から2曲目のトラックということになる。

高いテンションで冒頭3曲を疾走したが、ここに来て、高速道路と農道のドライブぐらい、スピードにおいても窓からの景色においても趣が大きく異なる。

もっともこの「Please!」という曲に「農道」の比喩はふさわしくない。
なぜなら、この曲もまた「EMANON」や「女のカッパ」同様、サザンによるAORだからだ。

君がくれた Flower

花言葉は゛最後のI love you"
夏の恋は Power
夢を見てるよに ただ消滅哀愁 Blues

And you, 君は Magic
潮風に香る
And I, 俺にTragic

独り身に泣ける・・・Please!







冒頭のフレーズがAORしてるが、この曲もまた、ひと夏の恋に破れた男の諦念というオーソドックスなテーマを扱っている。

曲調は変則的なリズムを持つスローナンバー。
スティーリーダンのような多数のミュージシャンによる素晴らしいアンサンブルを聴くことができる。

中でも特筆すべきはヒロシのドラムである。スローテンポで派手さはないが、豊富なオカズで、ともすれば冗長になりかねない楽曲にメリハリを与える。
毛ガニのパーカッションもヒロシとともにリズムを支え、
コーラスの後の乱れ打ちは曲中最高のスパイスである。
控えめなトランペット、ストリングスも欠かすこのできない脇役だ。

そして、「夢を見てるよ」うな恋の残響を響かせるキーボードは、この曲の要と言える。
クリーム「Sunshine of Your Love」の名リフで終わらせるアイデアも一興である。

ところで、全く個人的なことなのだが、私は昔、この曲を村上春樹の小説「ノルウェイの森」の火事のシーンを読みながら聴いたことがある。

その火事は、1969年、初秋の日曜日、主人公ワタナベが大学の友人、緑の家に遊びに行ったときに起こる。
緑の家は大塚駅の近くにあるが、その日の午後、3,4軒先の家で火事が起こる。とはいっても、火のたたない、黒い煙だけの火事である。二人は「座布団を二枚と缶ビールを四本とギターを物干し場に運んで」、唄を唄い、ビールを飲みながら火事を見物する。結局、30分ほどで火事が治まると、二人は見つめ合い、キスをする。まるで火事に触発されたかのようにポッと火が付き、しかしすぐに鎮火した淡いキスである。

当時の村上春樹にしては珍しいリアリズムに徹したこの作品において、火事のシーンはどこか奇妙な印象を残す。近所が火事にもかかわらず、ビールを飲み、ギターを弾き、唄を唄いながら見物する不謹慎さ。友達にもかからず、唐突にキスをする不自然さ。実際作者も「奇妙な日だった」とシーンの冒頭に記している。

このシーンの奇妙さに、「Please!」の変わった曲調とリズム
がBGMとしてぴたりとハマり、あれから30年近くたった今でも、「ノルウェイの森」の火事のシーンを読むと「Please!」が頭の中に流れ、「Please!」を聴くと火事の風景が目に浮かぶ。

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