連作「びつことなりぬ」より。
「びっこ(跛)」や「ちんば」は、差別用語だから使うなということが言われている。
身体の障害を揶揄するような感じの言葉使いはいけない。しかし、あまり過度になると疑問になる。「ちんば」は、感覚的におかしいと思うが、「びっこ」は許されると思う。
この句は、けっして、足の悪い人を蔑視したものではない。足の悪い人たちも、楽しそうに急ぎ足で歩いているといっている。「春夕べ」にやさしく見守っている目がある。
連作「びつことなりぬ」より。
「びっこ(跛)」や「ちんば」は、差別用語だから使うなということが言われている。
身体の障害を揶揄するような感じの言葉使いはいけない。しかし、あまり過度になると疑問になる。「ちんば」は、感覚的におかしいと思うが、「びっこ」は許されると思う。
この句は、けっして、足の悪い人を蔑視したものではない。足の悪い人たちも、楽しそうに急ぎ足で歩いているといっている。「春夕べ」にやさしく見守っている目がある。
連作「病気と軍艦」より。
水枕の句と同時と思われる作。
吹雪昏れ白き実弾射撃昏れ
水兵と砲弾の夜を熱たかし
砲音をかぞふ氷片舌に溶き
アダリンが白き軍艦を白うせり
連作「三章」より。
三鬼の代表作になった句。水枕から発想した句のようだ。病気で水枕をしていて、動いた瞬間に、ガバリと水の音がして、寒い海が広がった、と解釈できる。
水枕に託して、現代人のアンニュイを具象化した句だと思った。
実際は、東京大森で、風邪をこじらせ、死ぬほどだったという肺炎を患った時の作品だと書いている。
俳句をはじめたばかりに出遭って、短い俳句でも現代に生きる人間の疎外感を表明できるのだと、いたく感動した。二十代後半のことであった。その後中断があったものの今日まで俳句を続けている原点の句だ。
のちの表記に「ガバリ」が「がばり」となっているのがある。三鬼の故郷、津山にある寺の句碑には、「ガバリ」とある。
小脳をひやし小さき魚をみる
不眠症魚はとほい海にゐる