ひめが逝ってしまってから、もう2か月です。

今でも朝起きたら、ひめのお骨に話しかける事から1日が始まります。

あのフサフサだったひめが、こんなに小さくなったんだなって考えると、どうしても涙が出てしまいます。

いつまでも泣いていると、ひめはどこにも行けない…。

わかってはいるのですが、お別れは寂しいです。

そんなタケヤンを見かねて、奥さんが提案してくれました。


『新しい子を迎えようか?』


気持ちはありがたかったです。

もしも新しい子が来たら、タケヤンは全力で可愛がるでしょう。

だけど…。

タケヤンは「猫が好き」というより『ひめが好き』なのです。

だから、我が家の猫は『ひめ』なのです。

ひめに会いたいんです。


違う子が来たら、きっと楽しいと思います。

ひめがいない寂しさもまぎれると思います。

でも、その子はひめじゃないんだ…。

こう思ってしまいます。


ひめがいない生活にも、だいぶ慣れてきたと思います。

毎晩、夜中に起こされていたから、自然と目が覚めるようになっていました。

今では朝まで熟睡できます。

ひめにお供えしているカリカリを、取り替えるのを忘れることもあります。

だけど、、、悲しみだけは慣れる事ができません。


今までは、ひめがいるのが当たり前でした。

ひめがいないのが当たり前って思えるまでは、もう少し時間がかかりそうです。