高嶺遺跡 in 宮城島
こちらは、宮城島の南にある丘陵地の頂上にあります。おそらく、宮城島で一番標高の高いところにあると思われます。史跡で有名な「シヌグ堂遺跡」からは約700m、南に離れたところとなります。眼下に「ぬちまーすの工場」や右手に「浜比嘉島」が、広範囲で眺めることのできる位置にあるので最高です。わりかし大きめの石碑が3つ置かれ、それぞれ香炉もきちんと並んでいました。その石碑は「火立毛」の跡とされているようです。いわゆる、現代で言う「灯台」ですね。そのため、地元の人たちは、親しみを込めて「ヒータキヤマ(火焚山)」と呼んでいるそうです。それにしても、真ん中の石碑が東側を背に設置されているので、太陽神とニライカナイへの遥拝所とも考えられます。かなり古いタイプの拝所跡であることが解ります。石碑に何か字らしきものが刻まれていましたが、風化具合が著しく、残念ながら読み取ることができませんでした。高嶺遺跡は、縄文時代晩期頃(沖縄貝塚時代中期)の集落跡とのことです。礫床住居跡、竪穴式住居跡が見つかっていて、土器を主に、石器、骨製品、貝製品が出土しているようです。また近くに、カニダガマという洞窟もあり、一説では、そちらから派生した集落跡との見方もあるようです。未だ解明されていない部分が多いようですが、発掘や研究が進めば、琉球弧における人やモノの往来が如何程のものであったのか明かされてくるのが楽しみです。海洋民族の面影があちらこちらに残されていますよね。