3/5日曜日は、日本の歴史を考える会。

拙宅10:00お迎えして頂き、先日計画を思いたった琵琶湖方面視察旅行を具体化する為にコメダ珈琲店宗像店でモーニングを食べながら打合せ。

3/18土曜日の夕方の新幹線で米原、関ヶ原・琵琶湖方面、3/19は大津市内泊、3/20春分の日の夕方の新幹線で帰還の予定とした。三連休でホテルや新幹線も多いと思い、ホテルと新幹線・レンタカーの手配を近ツーに依頼した。

2時から歴史カフェが有るので、古賀市小山田(おやまだ)の小山田斎宮社叢(おやまださいぐうしゃそう)にお詣りした。斎宮だけあってマイナスイオンたっぷりだった。久々のパワースポットだった。

当宮は神功皇后が神の教えを請う為に斎き籠もった宮所で聖母屋敷とも言ったそうだ。仲哀天皇の突然の崩御に、神功皇后は祟っている神を明らかにしようと思い当斎宮を小山田邑に作らせ、七日七晩祈ったと日本書紀に有る。

2時から、古賀駅前のオーガニック広場ひふみで綾杉るな氏の歴史カフェに参加した。

本日のテーマは、「糸島ー木花咲耶姫伝承とエジプト人渡来伝承ー」。

イザナギの子、天照大御神、その孫、ニニギは、イザナギとイザナミの子、大山祇(おおやまづみ)、その子、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)と結婚する事になったが、父の大山祇は木花咲耶姫の姉の石長姫(いわながひめ)と一緒に差し出した。
木花咲耶姫が火中出産、木花咲耶姫の姉の石長姫は醜かった為、ニニギは大山祇に石長姫を送り返した。

石長姫をお側に仕えさせたら天つ神の御子の命は雪が降り風が吹いても岩のように常盤に堅固に動かずにおられ、木花咲耶姫は木の花が咲き誇る様に栄えられるとウケヒの結果が出た為、大山祇は我が娘二人を差し出した。ところが石長姫だけを返して木花咲耶姫だけを留められた故に天つ神の御子の寿命は木の花がはかないのと同じ様になる事となった言い伝えが有る様だ。

糸島の細石(さざれいし)神社の祭神は石長姫と妹の木花咲耶姫である。

ニニギと木花咲耶姫の出会いの聖地、契山(ちぎりやま)は背振山の五ケ山付近に有る様だ。

火中出産は、産鉄を暗示しており、  ニニギと木花咲耶姫の御子、ホスセリは火酢芹命・火が起こり始めた時、ホアカリは火明命・火が盛んな時、ヒコホホデミは彦火火出見尊・澳になった時とし、土で作った溶鉱炉の火の状態を暗示させているらしい。

さざれ石とは、砂鉄の結晶をさす。これを鉄に還元する名匠が伊ト師であり、火中出産は産鉄族の神話が込められているらしい。

葦(あし)は、スズ鉄(リモナイト)を集める植物であり、これらは大山祇一族が製鉄技術を持った一族で有る事を暗示しているらしい。

ニニギと木花咲耶姫の玄孫のウガヤフキアエズと玉依姫の御子が後の神武天皇である。製鉄技術を持って、ヤマト統一してヤマト朝廷の初代天皇に即位されたと考えられる。

ロマン溢れるテーマで有るが、古代の製鉄技術の高さを感じることができるテーマでもある。

歴史カフェが終わってから、反省会を兼ねてお馴染みのサウンドパーク宗像東郷橋店で、井上陽水、松山千春、中島みゆきさん達のカラオケをいっぱい歌った。

写真は、古賀市小山田斎宮社叢
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