10月8日に
佐助稲荷神社に行きました

頼朝の伊豆蛭ケ小島配流時代にこの隠れ里の稲荷神とする神霊が夢に現れ、平家打倒の挙兵を勧めたとされている。
佐殿と呼ばれた頼朝を助けた事から佐助稲荷神社と言われ、また出世稲荷と呼ばれる由縁となっている。
宇迦御魂命の宇迦は最高の食べ物、粟、稗に比しての稲(米)を意味し、稲の生育を司る神としてやがては食料全ての神として崇拝された。
後には豊かな衣食住、商売繁盛の神として農村だけではなく江戸時代には都市部にも稲荷信仰は広がった。
気付根(ケツネ)稲成りは「気」は朝餉、夕餉のケ、食の意味であり「付根」は根本の意、つまり食の根本である稲成りが転じて稲荷神の使いとして狐が充てられるようかななったと考えられている。
猿(山王神社)鳩(八幡宮)烏(熊野神社)等古来日本では動物は神々の神意を伝える使者であり語呂の近さから狐は稲荷神の使いとして定着してきた。ケツネは狐の古語である。