いま神奈川県では、横浜市・川崎市・相模原市という三つの政令指定都市を、神奈川県から独立させるかどうか、いわゆる大都市制度をめぐる議論が活発になっています。
横浜や川崎のような大都市が、より大きな権限と自由度を持ち、東京23区にも劣らない力強い都市を目指したいと考えることは、決して不自然なことではありません。人口、経済、産業、文化が集積する大都市には、大都市にふさわしい制度を考えるべきだという問題提起には、十分に耳を傾ける必要があります。
一方で、私はこの議論を、単に「県から抜ける」「県に残る」という制度上の綱引きだけで進めてよいのだろうか、という懸念も持っています。
私が警戒しているのは、大都市制度そのものではありません。十分な財政的裏付けや、神奈川全体の将来像がないまま、形だけを先に変えてしまうことです。必要なのは拙速な分断ではなく、神奈川県全体、さらには人口減少時代の日本全体を見据えた地方自治のグランドデザインだと考えています。
県と市の役割をどう整理するのか
大都市制度の議論では、しばしば「県と市で同じような仕事をしていて無駄がある」「二重行政を解消すべきだ」という言葉が使われます。
もちろん、行政の無駄は常に見直さなければなりません。県民・市民の税金を使う以上、効率的で分かりやすい行政を目指すことは当然です。
ただし、神奈川県と市町村はこれまでも、長い時間をかけて役割分担の見直しを進めてきました。保健、環境、防災、研究調査など、県民生活を下支えする専門的な機関や機能もあります。これらは日々の暮らしの中で目立つ存在ではないかもしれませんが、広域自治体としての県が持つ知見や調整力は、神奈川全体の安全・安心を支える重要な基盤です。
制度を変えるならば、何が本当に無駄なのか、何を残すべきなのか、そして誰がどの財源で責任を持つのか。その点を丁寧に整理する必要があります。形だけを変えた結果、県も市もそれぞれに同じような機能を持たざるを得なくなれば、かえって新たな非効率を生むおそれもあります。
財政の裏付けなしに、制度だけを変えてよいのか
さらに重要なのは、財政の問題です。
仮に横浜市・川崎市・相模原市が神奈川県から抜けた場合、残る県域の行政サービスをどのように維持していくのでしょうか。警察、防災、医療、福祉、広域的なインフラ整備など、県が担っている役割は決して小さくありません。
もし国が、三つの政令指定都市が県から独立した後も、神奈川県の財政を恒久的に保証するというのであれば、議論の前提は変わるかもしれません。しかし、現実にはそのような確実な財源保障があるわけではありません。
財政的な裏付けがないまま、制度の形だけを変えることは、県にとっても市にとっても大きなリスクになります。大都市の発展を妨げるべきではありません。しかし同時に、県全体の持続可能性を損なうような制度変更であってもなりません。
大都市の力をさらに伸ばすことと、広域的な行政サービスを維持すること。この二つをどう両立させるのか。こここそが、大都市制度の本質的な論点だと思います。
横浜市内にも「支え合い」の構造がある
この問題を考えるうえで、横浜市内の税収の動きは一つの示唆を与えてくれます。
横浜市は一つの自治体ですが、市内の各区ごとに見ると、税収には大きな差があります。令和6年度のデータでは、神奈川区の税収は約1,173億円、西区は約1,073億円、中区は約891億円とされています。一方で、瀬谷区は約125億円、栄区は約132億円、泉区は約160億円とされています。
もちろん、神奈川区で集まった税収が神奈川区だけで使われるわけではありません。西区や中区で集まった税収も、それぞれの区だけで完結しているわけではありません。横浜市という一つの自治体の中で、税収は市全体の行政サービスに使われています。つまり、横浜市の内部にも、地域間の支え合いがあります。
ここで一つの思考実験をしてみます。もし、税収の大きい神奈川区・西区・中区だけが「横浜市から抜けます」と言い出したらどうなるでしょうか。数字の上では、非常に財政力の強い新しい自治体が生まれるかもしれません。しかし、残された地域の行政サービスはどうなるのか。横浜市全体として築いてきた都市の一体性はどうなるのか。
多くの方が、「それはおかしい」と感じるのではないでしょうか。
市の中では「地域同士で支え合う」ことを当然としているのに、県と大都市の関係になった途端に、「財政力のあるところだけが抜ければよい」という発想になってしまうとすれば、そこには大きな矛盾があります。
大切なのは、都市の力を抑え込むことではありません。都市の力を活かしながら、神奈川全体の持続可能性をどう守るのかという視点です。
神奈川県という「器」をどう考えるか
神奈川県は、単なる行政区域ではありません。
歴史を遡れば、明治4年の廃藩置県以降、政府が任命する府知事・県知事が各府県の行政を担うこととなりました。東京・京都・大阪の三府や、主要な開港場を抱える神奈川県などは、近代日本の形成において重要な位置づけを持ってきた地域です。
もちろん、歴史があるから制度を変えてはいけない、ということではありません。時代に合わなくなった制度は、勇気を持って見直すべきです。
しかし、神奈川県という広域自治体のあり方を考えるのであれば、目先の利害や一時的な政治的盛り上がりだけで結論を急ぐべきではありません。
神奈川県全体として、これからどのような自治の形を目指すのか。横浜・川崎・相模原という大都市の力をどう活かすのか。そして、人口減少が進む地域をどのように守っていくのか。その大きな設計図が必要です。
人口減少時代にふさわしい地方自治へ
急激な人口減少が進む中で、全国どこでも同じ制度を当てはめ続けることには限界が見え始めています。
大都市には大都市の課題があります。人口減少が進む地域には、また別の課題があります。これからは、地域の実情に応じて、より柔軟な地方自治の形を選べるようにする必要があります。
たとえば、横浜や川崎のような大都市については、国とより直接的につながる仕組みを検討する余地があるかもしれません。一方で、人口減少が進み、単独で行政サービスを維持することが難しくなる地域については、都道府県と町村がより一体的に機能する仕組みも考えなければなりません。
力のある大都市は、その力をさらに伸ばす。厳しい状況にある地域は、持続可能な形で守っていく。そして、それぞれの地域の声が、制度の中できちんと届くようにする。
制度の形を変えること自体が目的ではありません。私たちの暮らしを守り、地域の力を活かし、将来世代に持続可能な自治を引き継ぐこと。そのために、いま必要なのは、拙速な分断ではなく、神奈川全体、そして国全体を見据えたグランドデザインです。
大都市制度の議論をきっかけに、私たちの街の未来、そしてこの国の地方自治のかたちを、いまこそ真剣に考えていきたい。3期12年の締めくくりとなる年を迎え、改めてそう思います。
大都市制度については連載を予定していますので、ぜひ皆様の感想やご意見も賜りたく存じます。
