いつも読ませていただいてるブログに書かれていた事を引用して考えてみることにします

まず、人間は肉体と魂で構成されていて、肉体が様々な原因(加齢による老衰、病気、事故)で生命を失ってしまったとしても(いわゆる死んでしまったとしても)魂は不滅で消滅することはなく、永遠である

私もこの事は昔からそのように思っていました。『輪廻転生』という言葉がありますが、ある人が年老いて寿命が尽きて死んでしまったとします。その人の人生はいったんピリオドを打ちますが、それで全てが終わりでなく、また別の人として、あるいは人間以外の動物や昆虫などに生まれてきて、そして死んで、また生まれてきて、それをずっと繰り返すものだと思っていました
人は何度も転生を繰り返し、魂を磨き、そして魂のレベルが高次元に達すると、肉体を持つ人間としての最後の人生では自ら命を断って身近にいる家族や親しい人(恋人とか親友など)にあえて悲しみを味わってもらうのだそうです

親しい人達になぜわざと悲しい思いをさせるのか?
子供や親友や恋人が死んでしまうとすごく悲しいですね、最初のうちはショックで何もできなくなってしまいますね。でも時の経過とともに悲しみも少しずつ薄れていきます。そして悲しみを乗り越えた時、その人の魂は高いレベルに成長していきます
その役割を果たすためにあえて親しい人に悲しみを与えるという使命を選んで肉体をもつ人間としての最後の人生を自ら命を断つというシナリオのもとに成し遂げるのだそうです
私はこの話を聞いてびっくりしましたが、私もたぶんそうではないかと思っています

少し前になりますが、日本では自殺者が年間3万人にのぼり、社会問題となりました。3万人というと1日に100人の人が自殺していたことになります
以前に仕事帰りに乗っていた電車の車輌が突然ガタンと跳び跳ねました、石でも踏んだのか?車内放送で人身事故が告げられました。なんとそれは人を轢いた振動でした。ぞっとしてしまいました。それ以外にも昔、踏切での飛び込み自殺を2度ほど目撃しました
世間では自殺はいい事とは思われていません。自殺をしようとしたことがある私でも自殺は良くないことだと思っています
でも、そうではなかったのですね。自殺したたくさんの人達は何度も転生して魂はみがかれて最高のレベルに達し親しい人に悲しみを味わってもらい、その人の魂のレベルを高めるという大きな使命を果たし、そして人間を卒業していったのですね。この日本は、魂が高次元に達した人をたくさん輩出しているのですね

逆に考えるとこの現世でお金をたくさん手に入れて喜んでいる人、会社で出世して喜んでいる人
車を買って喜んでいる人、ブランド品の物を手に入れて喜んでいる人、レストランで美味しい料理を食べたりレジャーを楽しんでいる人達は魂を磨こうとせずに欲望をひたすら求めるレベルの低い魂を持った人達と言えるののでしょうか?
なぜ世の中にはそういう人が多いのか?
それは世の中の大半の人達が人生は一度きりだと思っていて、死んだら全てが終わりだと考えており、一度きりの人生だから楽しまなくちゃと考えているからです
さて、悲しみを味わうということについて、私自身の経験としては、中学校時代の同級生が命を断った事

(中学校の卒業アルバムより)
家族とか親友ではなく、会った事もない人ですがZARDの坂井泉さんが亡くなった事などが私の心に大きな衝撃を与えました

坂井泉水さんの死については、私だけでなく多くのファンの人達に悲しみを与えました
正しいかどうかは分かりませんが、坂井泉水さんはたくさんのファンの人達の魂のレベルを高めるために旅立たれていかれたのでしょうか?

私は坂井泉水さんが亡くなられてから、いろいろ形で坂井さんに追悼の想いを送り続けました。そしてそれは今も続いています


その他にも虐待で命を落とした夏美ちゃん

この子も全く見ず知らずの人ですが、夏美ちゃんの事を知った事により児童虐待問題に関心をもつきっかけとなり、私が住んでいる所からはるか遠い兵庫県まで供養の旅に出掛けたり

(真ん中が夏美ちゃん)
こうして、亡くなった人達に想いを送り続ける事によって心は繋がることができる事に気が付いたこと、私の魂も少しは磨きがかかったのでしょう

