世界における日本の立ち位置を考えたいなと思い、これまで読んでいなかったサミュエル・ハンチントンの文明の衝突を手に取ってみました。ボリューミーな『文明の衝突』ではなく、同著の抜粋と、1998年12月に東京で行った講演「二十一世紀における日本の選択」、フォーリン・アフェアーズ99年3-4月号に掲載された「孤独な超大国」の三部で構成される『文明の衝突と21世紀の日本』を取り上げました。

 

 

1.新鮮さがゼロという衝撃

正直、本著の新鮮さは皆無でした。そして、改めてハンチントンの偉大さを感じました。同氏が「文明の衝突」論をフォーリン・アフェアーズで紹介したのは1993年の夏。その頃の世の中は、91年にソ連が崩壊し、92年にフランシス・フクヤマが「歴史の終わり」で民主主義と自由経済の勝利を宣言し、93年に米国大統領に就任したH・W・ブッシュが『Toward a New World Order』で分断された世界の終焉と新世界秩序の到来を宣言するような時代でした。このような時代の中で、2020年を間近に控えた読者に「新鮮さ」を全く感じさせないほど、将来を的確に捉えた論説だったと再認識しました。

 

2.ハンチントンから見た日本

ハンチントンは、現代の主要な文明として八つの文明を取り上げています。中華文明、日本文明、ヒンドゥー文明、イスラム文明、東方正教会文明、西欧文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明の八文明です。

そして、ハンチントンは、日本を文明的な「孤立国家」とし、五つのポイントを記述します。

  1. 文化と文明の観点からすると、日本は孤立した国家である。日本が特異なのは、日本文明が日本という国と一致していることである。
  2. 日本が特徴的なのは、最初に近代化に成功した最も重要な非西欧の国家でありながら、西欧化しなかったという点である。
  3. 日本の近代化は革命的な大激動を経験せずに成し遂げられた。社会を引き裂くような苦しみと、流血を伴う革命がなかったことで、日本は伝統的な文化の統一性を維持しながら、高度に近代的な社会を築いた。
  4. 他の国との間に文化的なつながりがないことから、日本は他の社会に家族的な義理をもっていないし、他の社会も日本に対して家族的な義務を負っていない。
  5. 今後数年間の主要な分裂戦は、支配する文明としての西欧と挑戦する文明としての中国との間に引かれ、日本は「揺れる国」として重要な位置にいる。

3の「革命的な大激動を経験せず」というのは、鳥羽・伏見の戦いを含む戊辰戦争や佐賀の乱、西南戦争の見方によって評価が分かれるところかもしれません。ただ、1868年1月3日に樹立宣言をした明治新政府が1月27-30日の鳥羽・伏見の戦いを勝利し、2月4日に起きた神戸事件に関する諸外国との交渉を新政府が行うようになる2月8日まで、1か月足らず。諸外国からすると、“あっさり”と政権交代が進んだように見えるのでしょう。

 

3.東アジアにおける日本

ハンチントンは、冷戦後の重要な国際関係の中心的な舞台をアジア、特に東アジアとします。東アジアは文明のるつぼであり、日本文明(日本)、中華文明(中国)、東方正教会文明(ロシア)、仏教文明(タイ、ベトナム)、イスラム文明(インドネシア、マレーシア)、西欧文明(オーストラリア)のの六つの文明に、南アジアのヒンドゥー文明(インド)を加えると七つの文明が入り乱れます。各国戦争が頻発した18世紀から19世紀のヨーロッパを想起させると言い、ヨーロッパの過去はアジアの未来になるかもしれない、とします。

アジアにおける台頭する中国に対して、日本がどのような行動に出るか。ハンチントンは、新興勢力(=中国)に対して他国と強調して勢力均衡を維持するバランシング戦略と、新興勢力(=中国)に追随し、新興勢力に二次的、従属的な立場をとり、自国の基本的な利害が守られるようにするバンドワゴニング戦略の二つがあるとします。その上で、日本のパートナーであるアメリカの中国に対する姿勢が明確にならない限り、日本は中国に順応することになるだろうとします。

日本の同盟に対する感覚は「基本的にバンドワゴニングであって、バランシング」ではなく、「最強国との協調」だった。…日本は「不可抗力を受け入れ、道徳的に優れているものと協力するのが、ほかのほとんどの国よりすみやかだ。そして道徳的に不確かな、力の衰え始めた覇権国からの横暴な態度を非難するのも一番早い」。アジアでのアメリカの役割が小さくなり、中国のそれが増大するにつれ、日本の政策もそれに順応するだろう。

現在は日米同盟を主軸に日本の安全保障が語られていますが、この同盟関係も永続的なものにはなりえません。ハンチントンは、多極的世界における異文明間の大規模な戦争を避けるため、三つの条件を提示します。

  1. 他の文明内の衝突に中核国家が干渉しないこと(不干渉ルール)
  2. 中核国家が互いに交渉して自分たちの文明に属する国家や集団がかかわるフォルト・ライン戦争を阻止または停止させること(調停ルール)
  3. あらゆる文明の準民は他の文明の住民と共通して持っている価値観や制度、生活習慣を模索し、それらを拡大しようと努めること(共通性ルール)

1のルールに基づくと、アメリカは、東アジアで生じうる文明内、文明間の衝突に過度に干渉すべきではないという結論が得られそうです。アリソン教授の見解もこれと同様でした。ハンチントンは、日本とアメリカの距離感についても言及しています。

私の思うに、アメリカ人は、日本人の考え方と行動を理解するのにまだ困難を感じ、他のどの国の国民よりも日本人とのコミュニケーションをとるのが難しいと思っている。そのために、アメリカと日本との関係は、アメリカとヨーロッパの同盟国との間で築いているような、打ち解けた、思いやりのある親しいものであったことはないし、これからもそういう関係が築けるとは考えにくい。

日本が文明間の戦争回避に主体的に貢献していくためには、ハンチントン流にいうと3の「共通性ルール」を国際社会で実践していくということになりそうです。そのためにも、これまで以上に国際社会に「日本」を理解してもらうための努力と、我々自身が「日本」を改めて理解する、理解しなおす努力が必要になりそうです。