☆蛯名正義騎手の現役引退

好きだったか嫌いだったか、というより私の中では、若い頃の彼は目立たつ存在ではなかった。横山典弘騎手にとってのメジロライアン、武豊騎手のスーパークリークというような馬との巡り合いがなかったからだろうと思う。同期の武豊騎手はデビュー2年目に初G1制覇、蛯名騎手のそれはといえば、10年目のバブルガムフェローの天皇賞だった。しかもそれも乗り替わりでのもの、私は冷めた目で見ていたことを覚えている。その後も、トゥザヴィクトリーやグラスワンダーの敵役のような馬でG1勝ちも重ねた。エルコンドルパサーについてもキャリア途中から手綱を託された馬だった。地道に実績を積み上げながらJRA歴代5位の通算2541勝をあげているのだから、押しも押されぬトップジョッキーにまで駆け上がった。ベテランと呼ばれるようになってからの、例えばイスラボニータの皐月賞など、まさに完璧な騎乗だったし、私が一番印象に残っているのは2016年ディーマジェスティの皐月賞だ。

ハイレベルの4強対決と言われていたレースだが、パドックで一番よく見えたのがディーマジェスティだった。私には今にも弾み出しそうなゴムまりのように見えた。その馬を勝利に導いたのが未勝利戦から乗り続けていた蛯名騎手だった。直線4強で決まるかというところに、大外一気の差し切り勝ち、この馬の潜在能力を最大限に引き出した好騎乗だったと思う。

 

さて、今後は調教師となるわけだが、「競馬はロマン」派の私は、自身が現役時代勝てなかったダービーを同期の武豊騎乗で勝つ、そんなシーンを見たいものだ。

 

☆シーザリオの急死

現役時代の成績は6戦5勝、唯一の敗戦は桜花賞の2着なのだが、これは力が足りなかったというより、勝ち馬との距離適性の差だと、外した単勝馬券を手に納得していた。彼女のハイライトはやはりオークスだろう、スタート直後位置を下げざるを得ず、道中は後方を追走。そして前で完璧に乗った武豊エアメサイアを、わずかクビだけ交わし去った。その勝ちっぷりにそこ知れぬ強さを感じたものだ。今になって思えば、もし無事なら凱旋門賞でも通用したのではないだろうか。母の父は大種牡馬サドラーズウェルズ、ロンシャンの馬場も苦もなくこなしてしまったかもしれない。

 

 

そして3歳夏アメリカに遠征してのアメリカンオークス勝ちを最後に引退、早々に繁殖入りした。「絶対にいい仔を産みそうだ」、高い競走能力がありながら早めに引退した牝馬の血には活力が残っている、素人の私にはそう思えた。案の定、G1馬を3頭産んでいる、これはJRAではダンシングキイと並んで最多記録じゃないだろうか。ダンシングキイの3頭の父は全てサンデーサイレンス、しかしシーザリオはシンボリクリスエス、キングカメハメハ、ロードカナロアとそれぞれ違う種牡馬との交配の結果であるところがすごい。POGでも毎年のようにその仔を指名するほど、クズ馬を出さない重宝な繁殖牝馬だった。

 

現役当時は角居厩舎の管理馬だったわけだが、その師が定年を待たずに引退する日に「シーザリオ死す」のニュースが伝えられた。なんだかドラマチックな気がする。シーザリオ自身も、彼女が産んだ3頭のG1馬全てを角居調教師が管理していた。