The Twelve Times of 伊能忠敬 in Miura Peninsula

・小旅行、12回も重ねると大旅行
塵も積もれば山となる。この冬、自宅から一時間以内でいける三浦半島の日帰り小旅行を12回繰り返すことにより、今までにない大きな物を手に入れた。私の人生にとって今まで経験したことのない貴重な大旅行となった。全ての海岸と釣り場を確認、多くの貴重な出会いもあった。

・三浦半島一周のきっかけ
 私の数多くの趣味の中でも最も情熱をかけて長期に渡り続いている趣味が魚釣りだ。最初は確か小学生のころ、父に連れられて真冬の早朝、本牧で投げ釣りをした記憶が微かにあるが、それはとても寒く、ほとんど手ごたえのないハゼが数匹釣れただけ。釣りに良い印象はなかったが、中学3年の時、テレビアニメ「つりキチ三平」を見ているうちに自分もすごい魚を釣ってみたいと思い、学校の友人と始めた。自転車で磯子や富岡の堤防に毎週末、クロダイを狙ってへち釣りをしたり、電車とバスで剣崎や江の島の磯にも行った。森戸海岸で手漕ぎボートを借りてボート釣りもした。竹芝桟橋からテントを背負って伊豆七島の三宅島に渡り、海岸にテントを張り、1週間、石鯛狙いで石垣鯛1匹釣ったこともあった。その後、社会人になってからは従弟のプレジャーボートで相模湾を釣りまくった。ここ10年くらいはみなとみらい中心にフッコ、クロダイ、メバル等々、たくさん釣ってきたが、3.11東日本大震災を境に全然釣れなくなった。次第に釣りへの情熱も冷めていった。
ところが、久しぶりに釣りをやりはじめてしばらくして、みなとみらいのカップヌードルミュージアムの前にある新港パークで釣りをしようと行ってみると、その日は横浜港の開港祭で海沿いは柵が設けられており入れず、仕方なく大岡川の河口まで行った。ちょうど神奈川県警の川を挟んで真向かいの辺りだ。釣りを始めた場所から30メートルくらい海側までは開港祭でこれから始まる花火を見ようとする人たちがシートを敷いて盛り上がっていた。僕たちも竿を出してからビールを飲みながらくつろいでいたら、しばらくすると突然、リールからすごい勢いで糸が出て行った。ぼくはあわてて竿をとり、やり取りを開始。釣り上がってきたのは50cmのクロダイだった。これを契機にまと、釣りを頻繁にやるようになり、たくさん釣れる所を所を求めて三浦半島へも良く釣りに行くようになった。シュノーケリングをして、どこにどのような魚がいるか、水深や海中の様子などの調査もしてたり、釣りの仕掛けに餌を付けてシュノーケリングしながら魚を釣り、魚がどのように餌を食べて、いつアワセれば釣れるか研究したり、とても楽しかった。特に良く行ったのが、油壺の荒井浜、三戸浜かる初声漁港、金田漁港辺りだった。
しかし、冬になると岸からは魚が居なくなる。水温の安定した深場に行ってしまうのだ。そこで、考えた。それは三浦半島の全ての釣り場、海岸を見て歩き、次の夏、楽しそうな場所を探すというバカげた計画だった。





・当初計画策定、命名(伊能忠敬 in Miura Peninsula)
スタート、ゴールの設定
楽しそうな相模湾側をスタート、東京湾側をゴールにすることはすぐに決まった。具体的にどこにするか、海に近い駅を思い浮かべ、スタートは鎌倉か逗子で迷った。鎌倉から逗子は何度も行ったことがあり、小坪を除けばほとんど砂浜。あまり興味が湧かなかったので逗子をスタート地点に決めた。電車は三浦半島なら京急という観念があり、新逗子駅スタートに決定。地図を見るとどこからが三浦半島なのか悩んだ末に金沢八景から南が三浦半島に思えたため、金沢八景駅をゴールとした。

準備
寒さ対策に温かいものを食べれるようにバーナーと500mlの小さなステンレス鍋をスマホの充電器と同時にアマゾンで購入。アマゾンの口コミを研究するとバーナーは中国産の安物だとガスボンべ.が熱を持って爆発の危険があるらしく少し高くても日本のメーカーを選択。
 危険がないものはなるべく安いものを全てアマゾンで購入した。180cm、仕舞寸45cmの釣竿に軽量太鼓リールと仕掛けをリュックに入れて準備完了。背負うと背中にバーナーとかが当たって痛い。夏に荒井浜で拾ったスーパーマンのクッションとレジャーシートをリュックの背中側に入れるととても背負いやすくなった。
海岸を快適に歩くのに最適な条件は晴れて風がないこと、あとは大潮の干潮が最もよい。風速は3日前にならないとわからない。週末、大潮の日の金曜日に土日のどちらにするかを決定する。初日は土曜日に決定。/




命名
伊能忠敬は、寛政12年(1800年)4月19日に蝦夷へ向けて出発した。忠敬は当時55歳。
 私とは4歳違いだ。息子を含む内弟子3人、下男2人を連れての測量となった。奥州街道から蝦夷一周、第一次測量に要した期間は180日。馬を使って1日40㎞を測量した。第二次測量は伊豆半島の測量。享和元年(1801年)4月2日、江戸を出発しいよいよ三浦半島1周し、鎌倉では鶴岡八幡宮を参詣。伊豆方面へと測量した。海岸線を歩けばGPSログアプリで三浦半島の地図が描ける。伊能忠敬の様だと思い今回の企画を「伊能忠敬 in Miura Peninsula」と命名した。選んだのはRuntasticPro、あとは記録のために地図メモをダウンロードした。地図メモはその場で地図に日付と住所を記録してくれ、写真やメモも保存できる。ただし、この手のアプリは常に起動しているためスマホの電池がなくなるのが早い。充電器は必需品。





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