どっかのブログのトラックバックでも書いたことですが、字数が制限されてたんだよねー。。
小沢辞任表明 → 辞めないでコール → 次の日にやめないことにした
という構図から、様々な思惑が簡単に読みとれる。
はっきり言って、これほど大きな党の首領がこれほどまでの大問題を「切れて」発表し、次の日に撤回するということがあり得ない。計画通りだ。これほどの古狸もとい大御所のことである。人には感情も間違いもあると?否、政治家の心臓の強靱さを国民は知るべきである。もう一度言うと、ここまでは彼の計画通りだ。一方で、マスコミは真相を突くよりも混乱を追い煽る方が客は感情が煽られ見てくれるのでそうするだろう。穿った見方かもしれないが現存のマスコミにとっては商売が大事で真実はどうでも良いのだ。別の見方をすれば、現存のマスコミは全国紙でさえこの程度のことも見抜けないことになる。冷静に事実を追えないならば新聞は公害でしかない。次期党首を市民レベルで勝手に物色するのもアメリカを持ち出すのも面白いけど、国民と世界にとって何の意味もない。真実を悟って次の選挙の票に反映することが大事だ。
次に、いかに寄り合い所帯の民主党であっても、小沢の性格や政治スタンスなどが国会議員の中で最も「古い自民党」的=派閥政治的であることはみんな分かっている。特に旧社会党勢力などにとって小沢が党首だなんて吐き気がするようなことだろう。「私は変わる」などということがでまかせであることも知っている。なぜそれで党首になり得たのかというと、「選挙」である。小沢にとって党にとって「選挙」を勝って越えたいのでまとまった(ように見せた)。民主党という園児たちが小沢園長にお友達を連れてくるように言われちゃってるような感じ。そこまで言うとそれこそ政治家であれば大問題。
選挙に勝つ → 政権が執れる → 首相になれる
これが目的だ。
これを陰謀だと言うのは簡単だが、議員である以上、首相になるもしくは首相を動かせなければ本当にやりたいことはやれない。首相の座をねらうのは国会議員として正常である。正道である。何度も自分でチャンスをつぶしているお人だけどそれでもまだやろうとしている信念は素晴らしい。
自民党の中に入っていこうとした。ここで今、息を潜めていた旧社会党勢力にとっては反論せざるを得ない状況になった。小沢にとって首相になる目的のために何をせねばならなかったかということだろう。社会党はお亡くなりになったので旧党員は大きな傘の下に隠れて待っている。これが政権担当能力にとって大問題だ。はっきり言っておく。旧社会党勢力は民主党主流派とは全く反対の考え方を持っている。一緒だ、などというのは彼らのやり方をはっきり示している。彼らにとって主流派や小沢的手法などは全く相容れないものであるにもかかわらず平気でその中にいる。これはいずれ追い出さなければならない。社会党、共産党など、いわゆる”左”人間の頭の中というのは都合のいいことは自分の手柄のように勝手に事実を作成し、失敗は自分が関わっていないように作るか、みんな分かっているのに「そんなものはなかった」って言う。事実は作るもの、反対する人が死ねば作ったことが真実になる。そういう思想だ。だから反対する人をみんな殺すのだ。社会主義のソ連中国旧東欧諸国が全くそうである。(そうするのが正しいという思想だからね) この人たちはいない方がいいということだろうね。
だから、もしこのまま政権がとれた場合、「私の力だった。みなさまありがとう。」と平気で言うよ。
私は小沢も民主党も悪いとは思わない。性質を知って正しい一票を投じるべきだということを言いたい。個人的には今の民主党には政権どころか政党としての能力がないと見る。小沢に頼らざるを得ないような中身のない集団なのに票をこれだけ集めてしまった、いわゆるバブル状態だと思う。小選挙区では民主党の人(でいい人がいれば)で比例は自民党という票を入れるであろう。
小沢が次にどういう手を打ってくるのかはわからない。ただ、民主党に期待していた人たちのいわゆる「期待」はもともと小沢の中には微塵もなかったこと。だいたいその期待というものが自分たちのためのものなんだから日本と世界を考えてる小沢には無用のものだ。国政は国と世界のためにある。世界が安定しなければ国を主張できない。国がしっかりしていなければ国民は危険にさらされる。 道路を地元に伸ばしてくることなんて首相の仕事じゃない。そんなこと期待してる地元にはがっちり票もらって適当に手下にやらせりゃいいじゃん。方策が正しくても間違ってても国のために首相になろうとしている小沢と、何しようとしてるのかよく考えたらぼくたちよくわかんないっていう民主党。
私に反論しても構いません。民主党の成立と社会主義者と共産主義者、小沢一郎という人についてわかればこのような考察が成り立つはずです。以上!