夜の東京タワー。鎌倉へ行ったときの帰り道に撮影しました。

 

 この写真を見たフォロワーさん曰く、「東京ラブストーリー感がある」そうです。

 

 

 

 昼間はこんな感じ。増上寺公園の辺りを散歩したときに撮影。

 

 

 

 こちらが増上寺公園から撮影したもの。

 

 

 

 

 

 芝増上寺から見た東京タワー。去年の夏に行ったときに撮影しました。

 

 東京タワーを見ていると、人差し指を天に掲げ、おばあちゃんの言葉を言う天道総司を思い出しますね。

 

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 初回は人気観光地鎌倉からスタート。

 

 鎌倉といえば、源頼朝により1185年に幕府が開かれ、頼朝の系統である源氏将軍が滅びた後、摂家(藤原摂関家から迎えた将軍)将軍や皇族将軍(皇室から招き入れた将軍)を傀儡としながら、北条氏により運営されてきたことで知られています。

 

 今回は、約800年の歴史を持つ、古都鎌倉の魅力に迫っていきたいと思います。

 

1, 鶴岡八幡宮とは?

 

 鶴岡八幡宮は鎌倉市の中心部に鎮座する神社です。ご祭神は、八幡神こと応神天皇とその母である神功皇后、比売(ひめ)神の三柱。

 

 康平6年(1063)に源頼義が奥州を平定し、鎌倉へ帰った際、源氏の氏神様である京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜に勧請したことにはじまります。

 

 1180年に源頼朝が鎌倉入りをしたときに、由比ヶ浜から現在の場所へ移動させました。建久2年(1191)に現在のきらびやかな社殿が完成。武家の都鎌倉の中心としたのです。

2,源氏について

①源氏の起こりと発展

「源氏」という氏族の名は、日本史を学んだことがある人は誰しも一度は耳にしたことがあるでしょう。源頼朝や義経がよく知られていますね。

 

 他にも、宮城県にある「塩釜」という場所を模して作った庭がある大邸宅を営み、小倉百人一首にも名を連ねている源融(みなもとのとおる)。平安時代の説話集『十訓抄』や、夢枕獏の代表作『陰陽師』に出てくる笛の名手源博雅(みなもとのひろまさ)も「源氏」にカテゴライズされます。ですが融や博雅は、頼朝や義経とは系統が違います。

 

 頼朝や義経の系統は「清和源氏」、または源頼信が河内国を拠点としていたことから、「河内源氏」とも呼ばれています。ただ、「河内源氏」という呼び方では読者もしっくりこないので、このブログでは頼朝や義経の系統を「清和源氏」と呼んでいきます。

 

 清和源氏は頭に「清和」とついていることからわかるように、清和天皇を初代とし、その孫の経基王(891~961)という人物が、「源」という姓を賜って臣籍(皇族から一般国民になること)に降りたことに始まります。

 

 初代の源経基は平将門の乱に関与し、藤原純友の乱の平定に尽力。

 

 二代目の満仲は「安和の変」で、「源高明が皇太子(後の円融天皇)を廃太子にしようとしている」という陰謀を時の帝に密告し、失脚させました。以来藤原摂関家とは主従関係になります。

 

 頼光は妖怪退治と藤原道長へ接近して出世。頼光の系統は、摂津国を拠点としていたことから、「摂津源氏」と呼ばれています。この流れからは、光厳天皇に矢を向けた土岐頼遠、本能寺の変で織田信長を討った明智光秀が出ました。余談ですが、源頼政が以仁王と共に平家打倒の反乱を起こすまでは、「摂津源氏」が源氏の嫡流とみなされていたようです。

 

 三代目の頼信は武芸に優れていて、藤原道長のボディーガードの中で優秀だった四人(道長四天王)に数えられました。また、河内国を拠点としたことから、この一流を「河内源氏」と呼びます。ここから出たのが、一般的に「源氏」と呼ばれている人たちなのです。

 

 河内源氏からは、足利氏や新田氏、佐竹氏、武田氏が出ています。つまり歴代室町幕府将軍(足利尊氏から義昭まで)や鎌倉公方(後に古河公方と堀越公方に分裂。室町幕府滅亡後には喜連川姓を名乗り、後に足利に復姓。現代まで血を残す)、新田義貞、武田信玄、佐竹義重はこの子孫に当たるのです。

 

 ちなみに、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』でおなじみの里見義実。桶狭間の戦いで討ちとられた今川義元。連歌に優れた細川幽斎。信長と秀吉の将来を予言した怪僧安国寺恵瓊(えいけい)。長谷堂城の戦いで伊達政宗と組んで、直江兼続を迎え打った最上義光(よしあき)。赤穂浪士四十七士に殺された吉良上野介もこの子孫にあたります。

 

 薩摩の島津氏や徳川将軍家(松平)も、出自は「源氏」ということになっているそうですが、近年の研究では、「違うのではないか?」と言われていますので、信ぴょう性が薄いと考えられています。

 

 頼義は鎌倉を拠点とし、東北地方の豪族である安倍一族の反乱鎮圧に介入し勝利しました。(前九年の役)

 

 義家は奥州の豪族清原氏の内紛に介入し、勝利を得ます(後三年の役)。

 

 前九年の役は反乱鎮圧でしたので、朝廷から恩賞は出ました。が、後三年の役は私闘でしたので、恩賞は出ません。

 

 頑張った東国武士たちに何もないのは不憫だと感じた義家は、私財を裂いて、それを協力してくれた武士に分け与えたのです。

 

 このことにより、東国武士と源氏の主従関係はより強固なものになりました。

 

②落ちていく源氏

 義親や為義の代になると、源氏の一族や郎党間の内ゲバや問題行動などにより、皇室の信頼と「武家」としての権威は失墜していきます。

 

 為義の息子である義朝が関東に下向し、東国の武士たちをまとめ上げたことから、都への足掛かりをつかみ、一時的に朝廷からの信頼を取り戻します。

 

 保元元年(1156)に後白河天皇と崇徳院、藤原忠通と藤原忠実・頼長親子の争いに端を発した「保元の乱」では、源氏も分裂。義朝は後白河天皇方、その父為義は義朝以外の息子を率いて崇徳院方について戦いました。

 

 崇徳院方についた八男為朝は、持ち前の剛力と弓矢の腕で奮戦。平清盛を追い払うなどして、後白河天皇方を苦しめました。ですが、崇徳院のいる白河北殿に火が放たれたことにより、結果は義朝のついていた後白河天皇方の勝利に終わります。

 

元記事:

第1回 鎌倉─鶴岡八幡宮と源氏─

 

【参考文献】

鶴岡八幡宮『御由緒』(https://www.hachimangu.or.jp/about/lineage/index.asp)

 

武将JAPAN『清和源氏とその他の源氏 ややこしい源氏軍団をスッキリ整理してみよう!』(https://bushoojapan.com/jphistory/genpei/2019/03/31/108832)

 

歴人マガジン『【平泉の黄金文化が支えた】奥州藤原氏100年の栄華』(https://rekijin.com/?p=24651)

 

五味文彦『人物叢書 平清盛』吉川弘文社

 

「保元物語」

 こんにちは、浅野タケルです。再びYoutubeで動画配信をすることになりました。

 是非ともよろしくお願いします!!

①曼荼羅の色塗り

大人の塗り絵である曼荼羅の色塗りに挑戦してみました。

 

 

②メルカリで読まなくなった本を売ってみた

いらなくなった本をメルカリで売ってみました。

 

 

③夏のセルリアン大掃除

けもフレ3のセルリアン大掃除をやってみたのだ!

 

 

④上半期に撮った写真まとめ

上半期(+7月)に撮った写真を動画にしてまとめました。

 

 

こんばんは、浅野タケルです。

 

ゴールデンウィーク、そして母の日が終わり、梅雨の時期が近づいてまいりました。

 

また、衣替えも近づいているということで、Twitterのプロフィール画像を今までの桜から富岡八幡宮のもの、ヘッダー画像をアジサイにしました。

 

 

これからも浅野タケルをよろしくお願いいたします!!

第2回 真田十勇士

 

 

 

 

 第二回は、『TRICK』シリーズや『SPEC』シリーズでおなじみ堤幸彦監督の『真田十勇士』。

 2014年中村勘九郎とタッグを組んだ舞台を基に、16年映画化。

 

 舞台は関ヶ原の戦いから約10年後。大坂冬の陣・夏の陣が舞台。

長宗我部盛親のご落胤を騙って悪事を働いていた猿飛佐助のもとに、人質を助けにきた真田幸村がやってくる。

突然帯びていた村正の刀を取り出し、「自分が人質になってやる」と言い出した。

 

 知将真田幸村の突然の行動に佐助は警戒するが、幸村は、徳川を二度も苦しめたのは偶然で、顔がいいことからどうしても名将に見えてしまう、と愚痴を言い始める。つまりは運がいいだけの腰抜けだったのだ。

 

 愚痴を聞いた佐助は、自分の嘘で本物の名将に仕立てあげてやる、と提案するところから物語は始まる。

 霧隠才三、三好清海入道、三好伊三入道、由利鎌之介、筧十郎、海野六郎、望月六郎、根津甚八、そして息子真田大助の10人が揃い、笑いあり、喧嘩あり、裏切りありの物語が始まる!

 

   【感想】

 

「コミカル」と「シリアス」。この二つの差が極端ではあるが、それがいい味を出していた。

「コミカル」の部分は、冒頭の、十勇士集結までの経緯を端的にしたアニメ。そして、「九勇士じゃ語呂が悪いから」という理由だけで、真田丸建設工事の現場を襲撃した甚八を仲間に勧誘する行き当たりバッタリぶり。軍議中、糸電話(糸イヤホンと言った方がいいのか?)で屋根裏の佐助とやり取りをする3つのシーン。思わず、クスッ、と笑ってしまった。

 

「シリアス」は、夏の陣で家康をあと一歩のところまで追いつめたところで、大助が火縄銃の一斉射撃の前に倒れ、幸村と一緒に亡くなるところ。

 

 もう一つ感じたことがある。それは、「何事にも常に全力である」ということ。

 家康の本陣へ特攻するところからもわかるように、彼らの日常は、「死」と常に隣り合わせにある。だからこそ、全力で勝利を喜び、ぶつかるときは全力でぶつかる。今日仲間が生きていても、明日も昨日のように、楽しく盃を酌み交わせるという保障は無いのだから。

 

第1回 仮面ライダーディケイドオールライダー対大ショッカー

 

 

 

 

 

初回は仮面ライダーの映画の紹介から。

 

 その前に本編の解説について。

 

『仮面ライダーディケイド』は、二〇〇九年二月にテレビ朝日で放送されていた特撮番組。主人公は記憶喪失の青年門矢士が、ヒロインの光夏海、仮面ライダークウガの変身者小野寺ユウスケと一緒に、光写真館を拠点とし、訪れた世界(前半はクウガ~キバまでの平成一期のライダーのいる世界。後半からは昭和ライダーが出たりもする)を救う物語。

 

 劇場版では、士が元々いた世界が舞台。そこで、本編で回収されなかった伏線が回収されていたり、門矢士が何者なのかが判明したりする。

 

   【感想】

 

 ジオウの映画を見たときと同じように、ストーリーのテンポが速かった。

とてもうまく描かれているな、と思った部分は、士が大ショッカーの首領に登りつめるも、妹小夜の執事月影ノブヒコ(正体はショッカーライダーのシャドームーン)に蹴落とされ、今まで旅をしていた夏海やユウスケからの信頼を失っていく転落劇。どん底に落とされた士が、大首領時代に腕を切り落とされた過去を持つ結城丈三(仮面ライダーV3。演じているのはGACKT)に叱咤され、復活するところ。

 

 だが、シャドームーンとの戦闘時に、いきなり仮面ライダーWが出てきたところは、一瞬、エッ、となってしまった。あまりにも唐突過ぎたからだ。

 

『仮面ライダージオウOver Quarter』のゼロワン登場シーンの方が、一〇〇倍カッコいい!

 最後に全く関係のないことを書くが、「鳥かご」、というワード、「キックでシャドームーンを倒すシーン」は、『ツバサクロニクル 鳥かごの国の姫君』(CLAMP)を意識しているのだろうか? (旅の仲間たちの設定や展開もそっくりだから)

【小説】

 

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