- 幸福論 (新潮文庫)/ヘルマン ヘッセ

- [決定版]菜根譚/守屋 洋
- [新装版]坂本龍馬の人生訓/童門 冬二
- 管政権が「最小不幸社会の実現」という施政方針を打ち出している。「最小不幸社会」という言葉の解釈はその道の専門家に任せるとして、では「幸福・不幸」ということは一体どういうことなのだろう。
- 明石屋さんまの歌(1986年、詞:伊藤アキラ)じゃないけど、「しあわせ~って、何だっけ、何だっけ」ということだね(笑)。
古来人間にとって「幸福な一生を送る」ということが人生の大きな目標であり、「幸福の追求」は人間として当然のことだと思う。
ただ「幸福」という概念は、かなり時代や個人によって捉え方に差が有り、その人によって「幸福」と思えることが随分違っていたりする。
そこで、人間にとっての最大公約数的な「幸福」とは何か、ということを考えてみたい。
例えば中国には、昔から「福(ふく)・禄(ろく)・寿(じゅ)」という言葉がある。中国の人々にとって、昔からこれが「幸福の3条件」であった。
「禄」というのは分かりやすいだろう。「財」のことであり、単純に言ってしまえば「お金」だ。「寿」というのも「長寿」の「寿」であり、これは「健康」ということだろう。筆頭の「福」はちょっと難しいが、これは(家族愛や恋人同士の愛を含む)「愛」のことであり、またその「愛」に裏打ちされた良き人間関係と、それによる精神的な満足感(心理学的には「他者からの承認」)ということではないだろうか。
つまり「福・禄・寿」を現代の言葉に置き換えると、「愛・お金・健康」ということになる。この3つが揃えば、その人は一応「幸福」な人だ、ということになる。
俺の価値観では、この「幸福の3条件」に4つ目として「自由」を付け加えたい(欲張りかな?(笑))。
俺のこのアメブロのジャンルも、一つは「自由人」です。
ただ、じゃあ「自由」って何?ということになると、これまたなかなか難しい解説が必要になってくるので(苦笑)、これについては今後別の記事で触れることにさせて下さい。
俺個人としては、組織や会社(言い換えれば「仕事」)・「お金」あるいは「愛」にさえも縛られない「自由」な生き方こそが、(特に男にとっては)最高の生き方だと思う。ただ、現実にはこれがなかなか難しいんだけどね(苦笑)。
そしてこの「自由」は、仮に他の3条件を自ら捨てたとしても得られるかどうか分からない、と言える程、貴重で価値のあるものだ、とも思っている。
唐突かもしれないが、日本近代史上の典型的な「自由人」が「坂本龍馬」である。
俺自身が今「幸福」かって? 俺は今のところ健康だし、経済的にもまあまあ、結構自由でもある…が、彼女はいない(苦笑)。
「愛」だけが足りないのかなぁ…。