まとめと結論

 

 一度、ここまで記したことをまとめてみよう。

 親世代の価値観が形成される過程では、世界恐慌、戦争などがあり、世界中どこにも「ゆたかな社会」が存在していなかった。

 戦争が終わり、軍事面だけでなく、経済、テクノロジーの面でも世界一となり、A.H.マズローの「承認の欲求」を満たすことに成功したアメリカ社会は有天頂となった。アメリカ社会は、生産が消費を規定する生産優位経済から、消費に依存する消費優位経済にシフトすることで、アメリカ国⺠の自己決定のアイデンティティと一致した。経済に拍車をかけることに成功して、「ゆたかな社会」となったアメリカは繁栄の時代を迎えた。アメリカ国⺠は、 世界で初めて「ゆたかな社会」経験することになったのだ。

 カウンターカルチャー世代は「ゆたかな社会」で生まれた初めての世代となった。

 「ゆたかな社会」で高校生まで不自由なく暮らしてきた彼らは、大学進学を期に、画一的な郊外の住宅地からダウンタウンへと引っ越していった。彼らは、大学での学びの中から、第三世界での貧困や「ゆたかな社会」の影にあるアメリカ社会での貧困を目の当たりにして、自分たちが暮らしている社会に疑問を覚えたのである。

 彼らは、親たちの暮らしが、画一的な住宅や、マイホームからの仕事場への車通勤、テレビのコマーシャルなどで流されるものと全てが同様であるように思えた。フロイトやビート・ジェレーションズらの影響もあり、彼らは、前世代の暮らしは、人々が体制に順応であるために与えられた「ゆたかな社会」であると結論付けた。

 そして、大量消費社会、物質主義を批判して、人々に「自然への回帰」や「人生への実存的な意味づけ」や「どれだけ主体的に生きているか」ということを訴えた。しかし、これらの主張は、前世代が満たそうとした、生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、などの欠乏動機とはまた別の成⻑動機から成り立つものであった。

 前世代は、大量消費社会の中で衣食住、生理的欲求と、安全の欲求を手に入れた。そして、 安定した所得が得られ、中流階級の増加によって、所属と愛の欲求を満たし、承認の欲求を世界の憧れとなった「ゆたかな社会」に住んでいることで満たすことに成功して欠乏動機を抑えることに成功したのである。

 私は、この二つの世代間で起きたことは、欠乏動機から動かされていた前世代的価値観から、主体的に自分で選択することを求め、自身の成⻑を目的とする成⻑動機への転換が社会規模で起きたということではないかと考える。

 それは社会的な欠乏欲求がある程度満たされた「ゆたかな社会」であったからこそ可能になったことであった。そのため彼らが、大量消費社会を作った文明という抑圧装置を批判して、自然への回帰を訴えたことは矛盾している。欠乏動機から抜け出し、その恩恵を受けたからこそ初めて、自己実現の欲求は生まれるからである。

 そして、ヒップとスクエアのジンテーゼというのはある意味では、資本主義下で前世代的価値観が「モダンに縛られない」という自己実現の欲求を満たす過程で「反逆」を商品として取り入れたとも考えられるのではないだろうか。そして、そのジンテーゼは現代日本社会において、「企業」という体制の中に、「自分で考えて行動できる人」という非順応主義者で、 自己実現する人を求めるという図式に繋がっているのではないだろうか。このような個人の自主性を求めることは、社会が基本的欲求の欠乏動機を満たしていなければ成り立たない。

 カウンターカルチャーと前世代とのギャップは、1950 年代アメリカ社会に現れた「ゆたかな社会」で A.H.マズローの欠乏動機から求められる基本的欲求と、成⻑動機から求められる自己実現の欲求の差異によって生じたものだとする。「ゆたかな社会」の上に生まれ育ったカウンターカルチャーの彼ら(そして私たちは)は第三世界においての貧困を見ること で初めて自身のゆたかさを認識することが可能となる。成⻑動機的「非経済的ゆたかさ」への追求は、近代以前の貧困状態に私たちがいないことが前提となっている。

 私たちの「ゆたかさ」への追求は、成⻑動機によって動かされる「自己実現の欲求」と重なるものであり、永続的続くものであるだろう。それは「ゆたかな社会」に生きる上で初めて可能となるものであるだろう。 最後に、私見を述べるのなら、カウンターカルチャーの功績は、権威も持っていた白人中流階級の子ども(主に男)が、同じ白人中流階級の前世代と対立して、ジンテーゼを見出したことだろう。そのジンテーゼは、資本主義下で「反逆」=「個性」に対して、社会が寛容 であることを求めた。そして、現代社会では、オルタナティブな人を、企業が求めることと 同様に、社会に、多様な生き方に対して寛容であることを求めた。それは確かに私たちの 「自己実現の欲求」を満たすことを手伝ったが、現代社会での企業、体制は、私たちの労働、 暮らしの中から「想像力」を搾取しているということになるだろう。その搾取に対抗するためには、私たちは自身の「想像力」を SNS、著書、制作物などの媒体を通して、自ら社会に表現する必要があるのではないだろうか。

 

参考文献

 

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 『吠える その他の詩』アレン・ギンズバーグ 柴田元幸 2020.6.30 スイッチ・パブリッシング
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 『ゆたかな社会 第 4 版』J.K.ガルブレイス 鈴木哲太郎 1990.3.9 岩波書店 『ビート・ジェネレーション』諏訪優
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 『ヒッピー世代の先覚者たち 対抗文化とアメリカの伝統』中山悟視 2019.10.15 株式会社小鳥遊書房
 『現代心理学 II』P.G.ジンバルドー 古畑和孝 平井久 1983.1.10 サイエンス社 『反逆の神話 カウンターカルチャーはいかにして消費文化になったか』ジョセフ・ヒース+アンドルー・ポター 栗原百代 2014.9.26 NTT 出版株式会社 

 『カウンターカルチャーとは何だったのか? カルチュラル・スタディーズの初期研究をつうじて』 桑野博隆 立教アメリカン・スタディーズ 2005.3

 『カウンターカルチャー前夜 アメリカの 1950 年代についての一考察』 佐藤成男 玉 川大学観光学部紀要 第 2 号 2014

 『「豊かな社会」の理論的構造とその発展』武井昭 地域政策研究(高崎経済大学地域政策 学会) 第 2 巻 第1・2合併号 1999.10

 『マズローの基本的欲求の階層図への原点からの新解釈』広瀬清人 菱沼典子 印東桂子 聖路加看護大学紀要 No35 2009.3

 『非米活動委員会』上杉忍 Japan Knowledge Lid 日本大百科全書 回覧日:2020.11.16 URL:https://japanknowledge.com/lib/display/?lid=1001000193663