おはよう ございます!
今日は 少し テンション↓↓↓↓↓↓ですいません
(-.-)y-~いつも クライマックスな 健バカの 奈留ママが 今日は 真面目に 語るそうなんで 暇があったら 読んでやって ください
昨日の記事の最後に チラリと 言いましたが
昨日の 朝 3時頃 会社の先代の社長が 亡くなりました 75才です
勇さんといいます(この先勇さんと書きますね)
私が クリーニング屋に勤めているのは 皆さん 知って見えますよね (知らない方 プロフ参照(笑))
でこの先代の社長勇さん が クリーニング屋を初めて 47年
(クリーニング屋を始める前は 農協に 勤めていたらしいです)
修行を始めたのが 人より遅く 20代後半 なので 当然 自分より 年下の 兄弟子ばかり 10代の子供の様な 兄弟子の下で ゆうことを聞きながらの修行 やっぱり辛かったと思います
そこで 辛い修行を 経て
裸一貫 自分の手で 作り上げて来た クリーニング店 自分で井戸を掘り 水を確保
そんな 一生懸命な 姿を見ていた近所の (仲人)世話好きな おじさんが 婿を探している家が 有るからと 勇さんを その家に紹介
なんと 井戸掘りの 作業服の 泥だらけの格好で お見合いに 農家の家の 9人兄弟の 下から2番目奥さん(久子さん)との出会いです
泥だらけの格好で お見合いにきた 勇さんを久子さんのお父さんは すごく気に入って
即 縁談成立 勇さんも 店を開店させるためにお 嫁さんを探していたので 結婚する前から 久子さんと 協力しあって 小さいながらもクリーニング店を開業
結婚(開店)から 一年目で 子供が・・・・・・(現在の社長)なんと 双子です
仕事一筋の 勇さん 朝早くから 夜遅くまで仕事 仕事 仕事
日曜日も なく 毎日仕事
久子さんが 買い物に行きたくても
「俺が 外交ついでに買って来るで おまんは 行かんでもええ で家におって仕事しよ!」
そんなふうで気晴らしに買い物も行かせてもらえず 子供がいても 何処にも 遊びに 行けない 20代になったばかりで 嫁にきた久子さん 気晴らしもできず 休みもなく 旦那は 仕事ばかり ストレスと寂しさで 我慢ができなくなって ついに 爆発
双子の赤ん坊を 乳母車に 乗せ プチ家出
今まで我慢していた 買い物を・・・・ 自分のものより 子供の服 や靴 そして やっぱり旦那さんの もの 等 思う存分 見て歩いて 楽しんだ
そして 実家に帰り 自分の我慢してきた思いを親にぶつけかばって貰おうと 父親に 愚痴を溢した
「仕事ばっかりで 何処にも連れて行ってもらえんで たるい(悲しい)」
かばって貰えるどころか 逆に叱られた
「そんな 働き者の 旦那でどこが 不満や! 働いてもらえて不満なんか ゆうやない!」
「勇さんが 心配しとるやろうで 帰らなあかん!」
優しくして貰えると思っていたのに逆に突き放され 久子さんは、泣きながら 自分の家に帰ると
あれだけ 仕事の 鬼だった 勇さんが 血眼になって 久子さんを探して いたそうです
それから 少し 勇さんも 丸くなり たまには 買い物に 行けるように なったそうです
でも仕事の鬼になったのはちゃんと理由があって照れ屋の勇さんどうしても久子に内緒であることにお金が必要で (これは久子にとって良いことなんですがあることは教えて貰えませんでした)そのお金を貯める為休みなくがむしゃらに働いたそうです。この話は 久子さんから 何度となく 聞かされた 話し です
私が 勇さんと初めて出会ったのは
幼稚園の頃[ クリーニングを もって来てくれる おじさん ]でした
中学 高校 の頃も 御用聞きに来る 勇さん
私は親から頼まれた洗濯ものを渡していました
そんなクリーニングやのおじさんの 所に 働き初めて 今年で15年早いものです
いつも 豪快に笑ってた 仕事には 厳しいけど 決して 従業員を 怒鳴ったり しない 「一生懸命やってくれて 失敗 したんなら しょうがない 」と 心の広い人でした
いつも 一生懸命に 仕事して いつも豪快に笑ってた 勇さん の 趣味は 陶芸
陶芸教室で 坪を作ったり抹茶茶碗や 花瓶等を 作って 展示会等に出品してました
お祭りとかで 出店等で売りだした事も
すごく 見事 な作品でしたよ
そんな 勇さんも年を重ねるごとに 体力も衰え 計算も 間違えるように なってきて
70才で 社長を引退 息子と 交代し 外交も 少なくして 店で 少しずつ アイロンを かけ 疲れたら休む とゆう風に なりました
次代に 脳梗塞が始まり 車で どこかに 突っ込む とか 壁に 当たるなど 怪我には 至らなくても 人に迷惑 が かかるからと 免許証を 取り上げ勇さんの 車を私が乗ることに 勇さんが用がある時は 私が送り迎えするように 言われました
黙って 息子のゆうことに従ってきた勇さん
車に乗ってるとき 寂しげに
「車運転 出来るのに 免許証取り上げられちゃあ なんともならんわ」
て 私にこぼしてました
それでも 従い続けた 勇さんが ついに 爆発したのは お正月に なる 3日前
「免許証 返さんと もう 仕事せんぞ!!!!」
その言葉に負け 免許証を返してしまった
勇さん は 昼間用がある時だけ 乗る 夜は乗らないように 私が乗って帰るとゆう条件で
そして刻一刻と痴呆が進み
悲劇 が
忘れもしません あの悪夢を
昨年 3月 22日 それは起きてしまいました
仕事は 少ない時期でしたから
3時の 休憩のとき 私 勇さん 久子さん の三人
久子さんは 休憩が終わったら 近所にいる お姉さんの家に行くから 勇さんには 私 が帰れなくなるから 車に乗って出掛けないように 言ってました
そして 久子さんは 出かけ 私は 仕事に戻りました
私が 目を離しているすきに 勇さんは 車に乗って出かけてしまいました
そして 数十分後 電話が
「おたくの 旦那さんが 家の近くで 事故起こされました」
「!?」
一瞬頭が真っ白になりました
そしてパニックに
電話をかけてくださった方が 救急車を呼んで下さいました
カーブしきれず 壁に当たり 車は大破
当然 勇さんは 大怪我をし 病院へ
それから 寝たっきりの生活に
事故が 原因 で 失明し 入 退院を繰り返し
今でも悔やまれますなぜあのとき私は勇さんから目を離してしまったのか私さえ勇さんのそばにいて見張っていたならそんな悲劇は起こらなかっただろうと 誰も私を責める訳ではないのですが たまに出る久子さんの呟き 「あのとき 車の鍵さえ隠していたら・・・・・」 その呟きが私の心を締め付けます
勇さんは苦しみ
もうダメかも知れないといいながらまた持ち直し
また 苦しみ
心臓が 強いせいで 生き延びる
介護している 久子さんも可哀想で早く 楽に して あげたい と
そして 昨日の 朝 3時 他界したと まだ 布団の中にいる 私に お嫁さんから 連絡が 来ました
寂しいけど これで 勇さんも 楽になるんですね
昨日は従業員だけ 午前中仕事
今日は 休みで 夜 お通夜
明日朝10時 葬儀だそうです
こんな 私を 15年間 雇ってくれて 色々 お世話 に なった 方なので
しっかり お別れしてきたいと 思います
長々と 暗い話しに 付き合ってくださった方 ありがとうございました!